第82話 ページ37
「うわっ!?」
「口は閉じていた方が良いぞ、舌を噛む」
気づけば、僕は三日月に左腕だけで抱き上げられていた。
右手に握られた三日月の本体は、長谷部と薬研の刃を受け止めている。
振り落とされないよう三日月の首に腕を回すと、彼は「よきかなよきかな」と笑って二振りの刀を弾いた。
弾かれた二振りは距離を取り、隙を窺うように切っ先を揺らめかせている。
対して一歩も動かずに剣先を一点に留めている三日月の耳元で、長谷部達の様子に警戒したままこそりと囁いた。
「ねぇ三日月、見えてるの?」
「いや、何も見えん」
「やっぱり」
一歩も動かず刀の動きに迷いがないのは、堂々としているわけじゃなくてただ単に相手の姿が見えないだけだった。
それはそうだ、三日月は太刀なのだから夜目が効かない。
けれど薬研は短刀、長谷部は打刀だ。
打刀の長谷部は当然見えているだろうし、薬研に至ってはこちらの表情まで捉えているだろう。
さてどうするかと、先ほどより随分冷静になった頭を必死に回転させる。
すると今度は三日月が潜んだ声で問いかけた。
「雛よ、お前は見えておるのか?」
「まぁ、この暗闇にもだいぶ慣れたし、多少は」
さすがに表情までは見えないが、体のシルエットははっきり見える。
けれど僕が見えるからといって、今どうすることもできない。
そう思っていると、三日月はどこかわくわくしたような、好奇心に溢れた声を弾ませた。
「ならば、お前が指示を出してくれんか?」
「…僕を抱えた状態で、二振りの相手するつもり?」
「やってみねばわからぬ」
とんでもないこと言うな、このじじい…
責任重大じゃないか、僕が指示を一つ違えば三日月が負傷する。
味方してくれるのは嬉しいけど、なぜそこまで全幅の信頼を寄せてくれるのか甚だ理解できない。
だが、今はやるしかない。
「わかった。でも、なるべく避ける方向で行くよ。
同士討ちをさせたいわけじゃない」
「あいわかった」
さすがに二振りの動きを同時に伝えるのは厳しいので、三日月にどの方向に避けるのか指示することにした。
今一度刀を構え直した三日月に、僕も腕に込める力を強くして長谷部と薬研を見据える。
恐らくこちらの内容までは聞こえていないだろうけど、何かを話しているのを悟ったのか、二振りは大きく踏み込んだ。
178人がお気に入り
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:寒蘭 | 作成日時:2023年11月1日 19時