第80話 ページ35
三日月の示した先を見やると、そこには無惨に真っ二つになった障子が転がっていた。
冷えきった声は僕に向けられたものじゃないのに、どうも心臓が凍りつきそうになる。
これを直に受け止めた二振りは、言葉を詰まらせて息を飲んだ。
一体三日月は何を考えているんだろうか…
そもそも、太刀である彼は夜目が効かないはず。なのに、灯りもないこの薄暗い庭まで、どうやって来たんだ？というか、なぜこの位置からあの障子が見えるんだ。
一触即発の雰囲気が漂う中、三日月に抱き留められたまま動けない僕は大人しく動向を見守る。
すると、やがて諦めたように深いため息をついて、薬研が肩をすくめた。
「やっぱり、三日月の旦那に隠し事はできねーな」
「おい、薬研！」
「無駄だぞ、長谷部。相手はこの本丸の初太刀で総大将。
初期刀の山姥切と共に、これまで俺たちを導いた存在。
そんな奴に睨まれたんじゃあな…」
動揺する長谷部を軽くあしらった薬研は、観念したように両手をあげると、先ほどよりいくらか穏やかな様子で語り始めた。
「聞いたぜ、そいつが時間遡行軍にいたこと。
俺たちは刀剣男士だ。歴史を都合のいいように修正しようと企む連中から、歴史と人間を守るために顕現された。
敵を屠るのが、俺たちの役目。
なら、本丸内に侵入した敵も、等しく排除すべきだろう？」
「…なるほどな。一理ある」
薬研の言葉で事態の全容を把握したのか、三日月は頷いて同意した。
それに長谷部が続ける。
「ならばなぜ、その人間を擁護するのだ。三日月宗近。
奴は遡行軍なのだぞ？遡行軍を葬り、歴史を正すのが我らの役目であり、主がお望みになったことだ。
それは、貴様が一番理解しているだろう」
三日月が、一番理解している…？
この本丸が始動してすぐ出会った初期刀ではなく、初太刀とはいえ初鍛刀の五虎退よりは遅い顕現だったはずの、三日月が？
そんなに初代は彼を気に入っていたのだろうかと気になって、そっと三日月を見上げる。
角度的にあまり見えないが、その顔はどこか物悲しそうだった。
「…そうだな。お前たちの言う通り、それが我らに与えられた役目だ。それは決して覆らぬ。
だが、一つの事に囚われすぎては、大事なものを見落としてしまうぞ？」
寂しそうな声音の三日月に気づいているのかいないのか、薬研は刀を握る手に力を込めると、忌々しく言い放った。
「忘れたのか、三日月の旦那。
大将が──遡行軍に連れ去られたかもしれねぇことを」
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作者名：寒蘭 | 作成日時：2023年11月1日 19時
