第79話 ページ34
「これ。何をしておるのだ」
「ッ！」
一歩踏み出したその瞬間、背後から抱き留められて大げさに肩が跳ねた。
首をひねって後ろを見上げると、夜着姿の三日月がなぜか不満げな顔で僕を見下ろしている。
突然現れた存在は長谷部と薬研にとっても予想外だったのか、二振りは刀を握る手に力を込めた。
「三日月宗近。なぜここにいる？
今夜は瘴気の影響が強い。不寝番以外は部屋から出るなと通達したはずだが」
厳しく咎めるような長谷部の言葉に、僕はわずかに覚えていた違和感の正体を見出した。
なるほど…道理で、これだけ騒いでも誰一人として来ない訳だ。
おかしいとは思っていたんだ、これだけ激しい戦闘の音が響き渡っているというのに、誰もやって来なかった。
普通、自分たちの拠点内で戦闘の気配がすれば、それは敵襲か仲間割れだと思うだろう。
いくら夜半を過ぎた頃とはいえ、薬研と長義の甲高い剣戟の音が木霊していたんだ。よっぽど爆睡していなければ気づくに決まっている。
それでも誰も来なかったのは、長谷部たちが理由を付けて細工していたからなのか。
僕をよく思っていない男士に加勢してもらえればもっと優位になれるのに、なぜ彼らはわざわざ仲間を遠ざけるような真似をしたんだろう…？
三日月が現れたことによって一気に熱が冷め、その頭で考えに耽る。
すると、僕を後ろから緩く抱きしめたまま、三日月はどこか愉快そうな笑い声をあげた。
「はっはっは、いや何。不寝番だけに負担をかけるのも悪いと思ってな、様子を見に来てみたのだ。
しかし…今夜は、あまり瘴気の気配はないようだな？」
すとん、と三日月の声のトーンがいくらか落ちた気がする。
僕から彼の顔が見えないのでわからないが、緊張で体を強張らせた長谷部と薬研の様子から察するに、恐らくあの怖い笑い方をしているのだろう。
いや、見上げれば見えないこともないけど、怖いから見たくない。
触らぬ神に祟りなし…と心の中で唱えていると、いつもの調子を取り繕った薬研が答えた。
「ついさっきまでは瘴気が酷かったんだがな、今はもう大丈夫だぜ。な？長谷部」
「あ、あぁ。そういうことだ。
わかったなら、さっさと部屋に戻って寝ろ。三日月宗近」
二振りの言葉に、三日月はすぐに答えない。
しかしやがて再び明るい声に切り替えた三日月は、不意に左手でとある場所を指さした。
「そうかそうか。ところで…
あの障子は、なんだ？
あの部屋には、雛を案内したはずだが」
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作者名：寒蘭 | 作成日時：2023年11月1日 19時
