第74話 ページ29
──そして、現在。
「なぜ荷物にかつらが入っていたのかは、聞かないでおいてあげるよ」
「あぁそれね、保護された時に切ってもらった僕の髪だよ。すんごい長かったから」
「聞かないって言ってるだろ！」
自分の頭に乗ったかつらをバシンと地面に叩き落とした長義を、薬研は静かに見据えている。
僕らがなぜこうして対処できたか、長谷部の行動に対する推理と、今夜必ず仕留めに来るという予想を話し聞かせたのだが、あまり動揺していないみたいだ。
「…残念だったな、犯人は長谷部じゃないぜ。
現に、こうしてあんたを仕留めに来たのは俺だ」
「…いや。僕のスープに鈴蘭の水を入れたのは長谷部だよ。
それに入れ知恵をしたのは、君だね。薬研」
薄暗い室内に溶け込んで、薬研の表情はよく見えない。
けれど、ピリリと張り詰めた空気が、僕の言葉を肯定している。
「君的にはのんびりおしゃべりなんて気分じゃないだろうけど、少し聞いてくれるかな」
「…いいぜ。夜はまだまだ長いからな」
そう言うと、薬研は臨戦態勢を解き、立ち上がって刀をくるくると回した。
納刀しないところを見るに、まだ油断はならないけど…ひとまず話を聞いてくれるというなら、今はそれでいい。
長義と目を合わせて頷き合い、刀を鞘に納めたままの長義を目視してから、視線を薬研に移した。
「薬研。昼間、僕が君たちと交わした約束を覚えてる？
僕は君たちの要望はすべて呑むし、君たちに一切の危害は加えない。あくまでも僕は初代が帰って来るまでの繋ぎで、僕が来た理由はこの本丸を解体させないため。
ここで僕を殺してしまうのはつまり、その時点で本丸の解体が決まることと同じなんだよ」
話している間も、薬研はずっと刀をくるくると回したり、空中に投げてキャッチしたりと手遊びを繰り返していた。
まるで興味がないとでも言いたげなその態度が、彼の思考を読みづらくさせている。
何を考えているんだ…？
「…僕は、別にここで死んでもいいよ。
どうせ、政府に逃げ帰ってもそこで殺されるだろうから。
でも、君たちはそうじゃないだろ？帰りを待たなきゃいけないんだろ？なら──」
「そうだ。俺たちは、初代の…大将の帰りを待たなきゃいけない」
言葉の先を奪い取られて思わず口を噤むと、空中に放った刀を上手く掴み取った薬研は、その鈍く光る切っ先をこちらに向けた。
「だから。大将が帰って来るこの場所に、遡行軍を入れとく訳にはいかねーんだ」
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作者名：寒蘭 | 作成日時：2023年11月1日 19時
