第72話 ページ27
「台所に行く途中に生けてあった鈴蘭。あれ、長谷部がお世話してるって言ってたでしょ？
その長谷部が、台所で僕たちの夕飯の支度を手伝ってくれていた。まだ僕たちのこと警戒しているのに、だよ。
それに加えて、流し台にあったあの水…
普通、花瓶の水を取り替えたら、古い水は捨てるよね？それがコップに入って残っているなんておかしいと思わない？」
僕の憶測に近い推理に、長義は顎に手を当てて考え込む。
難しい顔をした彼は、やがて苦虫を噛み潰したように深い息を吐いた。
「そうは言ってもな…それはただの状況証拠だろう？
ちゃんとした物的証拠がなければ、告発も何もできないよ。
そもそも、仮に君が本当に鈴蘭を生けた水入りのスープを飲んだとして、今何も体に異常がないのなら、いくらでも言い逃れできてしまう」
…長義の言うことは、すべて正しい。
長谷部が調理を手伝ったのも、鈴蘭の水が置きっぱなしだったのも、僕が飲んだスープだけ味がおかしかったのも…すべて、"偶然"の一言で簡単に片づけられてしまう。
物的証拠がないというのはそういうことだ。
また、鈴蘭は可愛らしい見た目をしているが、実はあれは少量でも命に係わる猛毒を有している。
それを生けていた水を飲めば、嘔吐や頭痛、心臓麻痺などの症状を引き起こし──
──最悪の場合、死に至る。
「…僕、研修中に散々毒に慣らされたからね。
目に見える症状は、たぶん現れないよ」
「…目に見えない症状は？」
「へへ。実は今、すっごく頭が痛くて気持ち悪い」
にへらと笑うと、こめかみを押さえてとても低ぅい地を這うような重いため息をついて、長義は壁に寄せていたスーツケースを開け放った。
「そういうことはもう少し早く言ってくれないかな!?」
「いやぁ、大丈夫だよ。死にはしないし」
「いいからこれを飲め！」
「へぶっ」
顔面に投げつけられたのは、細かくすり潰された葉っぱが入った小袋。
量はそんなに多くはない。けれど、その見た目が、どことなく二十四時間服毒トライアスロンを思い出させる見た目をしていて、思わず口元が引き攣った。
「これ…解毒薬、だよね？」
「そうだ。もしかしたら必要になるかもしれないと、荷物の中に紛れ込んでいたが…まさか本当に使うことになるとは」
今水を持ってくるから、と部屋を出ていこうとする長義を慌てて制止し、鬼の形相でこちらを振り向いた長義に解毒薬を差し出した。
「ごめん…これは受け取れない」
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作者名：寒蘭 | 作成日時：2023年11月1日 19時
