第56話 ページ11
「雛や」
「…え、僕？」
突然纏う空気の色を変えた鶴丸に驚いていると、三日月に肩を小突かれて一瞬反応が遅れる。
今僕のこと「雛」って呼んだか…？という、信じがたい出来事に狼狽えていると、急に顔を寄せた三日月はこそりと耳打ちした。
「ここでは、霊力の譲渡は夜伽を意味する。
…二代目が、それを理由に俺たちを呼びつけていたからなぁ」
思いもよらぬことが一度にたくさん起こって混乱していたというのに、三日月のその言葉で急激に頭の先から全身が冷えていくのを感じた。
霊力の譲渡のために、夜伽？
あぁそういえば、二代目は霊力が少ないって自称してたんだったか。
握った拳に自然と力が集まり、酷く震える。
本当に、本当に、二代目は腐りきった人間だったらしい。
「鶴丸」
なるべく声が低くならないよう注意したつもりが、逆に感情の一切の乗らない平坦な声が出てしまった。
くるりと鶴丸の方を振り向けば、彼は瞳に怯えの色を滲ませている。
わかっている、こんなふうに怖がらせちゃいけないことくらい。
けれど、今の僕は、どうしても二代目への怒りを止められない。
「鶴丸。手の平を上に向けて、両手を出して」
「っ…」
顔を真っ青にした鶴丸は、言葉にならない声を短く吐き出しながら、震える手を差し出した。
それに僕は自分の手を重ねて、鶴丸の手首を緩く掴む。
そしてゆっくりと息を吐きだし、僕の中に巡る霊力を流し込むイメージを浮かべた。
「!?こ、これは…」
驚愕の声を上げる鶴丸に目もくれず、じっくりと霊力を操作していく。
ゆっくり、ゆっくり。溢れないよう、慎重に。
僕の霊力で、鶴丸を優しく包むように、ふわふわで温かい桜で満たすように。
じんわりと手に熱が集まっていく。
けれどそれは灼熱の炎のような熱さではなくて、陽だまりのような、穏やかな熱だ。
やがて、随分少なくなっていた鶴丸の霊力が満たされた頃、そっと手を離す。
顔を上げて鶴丸を見れば、その周囲には桜吹雪が舞っていた。
「…怖がらせてごめん、鶴丸。
あのね、霊力の譲渡っていうのは、こんな少ない面積でも、肌さえ触れていればできるんだよ。
そもそも集中しやすい分、こっちの方が効率がいい。
体を重ねて霊力の譲渡をするのは本来、生涯を誓った関係だけなんだ。
だから…もう、嫌なことが常識なんだと思わなくていいんだよ。もう二度と、君たちの嫌がることはしないし、させないから」
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作者名：寒蘭 | 作成日時：2023年11月1日 19時
