Flowerwall (ページ30)

今日:20 hit、昨日:94 hit、合計:652,827 hit

#29 ページ30

▽

"は！？Aさんがセッター！？"

「そうなの。絶賛挫折中」

試合前のオフ、日本との時差を考えてかけた電話の相手は、やけに元気だった。

"まさかセッターとして転向して帰ってくるとか"

「一時的だからすぐスパイカーに戻るよ」

紗理那は、良かったーと電話の向こうで呟いた。

"でも勿体ないですよね？三ヶ月のうち一ヶ月がセッターって"

「......最初はそう思っとったんやけど、ある意味貴重な体験だよ。バレー舐めてた自分を戒めてる。ただそろそろ戒めてる余裕もなくなってきた」

"最近絶好調続きでしたもんね"

「絶好調は言い過ぎだけど......それにしても、そっちこそもう決まったと？」

"うん、もう話固まりました"

紗理那は来年からVリーグに進む道を選択した。
発表はまだだけど私には特別にと報告してくれた。

「私もくよくよしとられんね」

"元気出ました？私のおかげ？"

「そうね、元気出ました」

石川祐希調子どう?

そんなLINEが来た今日。

『自主練し過ぎよ』

「......ターニャ？」

『まだボールの音がすると思ったら本当に日本人は勤勉ね』

転がったボールを拾って彼女はため息をついた。
エースである彼女は、最近の練習で一番ストレスを感じているように見えていた。

『大体焦り過ぎよ、日本人ってみんなそうなの？トスまでのモーションがてんでバラバラよ』

そう言って彼女はボールを弾ませ、私が先程まで練習していたモーションに入る。
ゆったりと、余裕のあるセットアップで放たれたボールは、大きく弧を描いて目印に当たる。

『冷静に、流れるように、そうすれば完璧なトスよ。焦れば焦るほどボールに移るわ』

「セッターやってたの？」

『プロになってすぐにね』

意外だった。チームに入って知ったが、彼女はオランダのユースチームで活躍したスパイカーで、今もなおトップレベルのエースとして存在しているからだ。
彼女にそんな過去があったなんて。

『あなたのようなスランプもあったわ』

「そうだったんだ」

私より背の高い彼女は、私をただじーっと見下ろす。

『ちょっと付き合って』

「え」

帰り支度をし、彼女の車に乗せられる。行き先も告げぬまま車を発進させる彼女に、私は唖然とするばかり。

「どこ行くの」

『私の旦那、今個展やってるの。それに連れて行ってあげる』

「個展......？」

『あと、オランダ人は困ってるなら困ってるって言わないと助けてくれないわよ。リフレッシュ手伝ってあげるわ』

.