願望に似た… 【百side】 ページ30
帰宅時間と悪天候が重なって渋滞に巻き込まれてしまい、家に辿り着くのにかなり時間がかかってしまった。
『おかえり。…ふふっ、兄ちゃんも千さんもびしょ濡れだよ?今、お風呂沸かすね。』
アパートの前で降ろしてもらったけど家のドアまでの道に屋根は無く、おまけに少し距離があるため髪の毛から水がポタポタ落ちるくらいにはびしょ濡れになったオレたちを見てくすくす笑うA。
いつものように仕事で疲れたオレたちを出迎えてくれる笑顔だった。
だけど、気付いてしまう。
風呂場へと足を向けるAの腕を掴む。
驚いた表情のA。
…掴んだ細い腕は冷えていた。
顔色も、いつもより青白い。
原因は分かる。
「…頭、いたい?」
ゆっくり、問いかける。
もとより分かっていたことだ。
矢島さんに教えてもらってから、雨の日はAの様子に注意するようにしている。
Aは自分の不調を隠そうとする。
初めのうちは気付けなかった。
Aは嘘をつくのが上手かった。
でも、それがオレに心配をかけないようについた嘘だって、知ってる。
だからオレは嘘を見抜くことを上手くした。
小さな変化を見つけて、誰よりも早くAの異変に気付けるように。
大丈夫だよ、と手を伸ばして柔らかい髪の毛を撫でる。
隠しても兄ちゃんには分かっちゃうんだって。
『……ん…。ちょっとだけ。』
困ったように眉を下げて頷くAにそっと微笑みかける。
「…そう。お風呂沸かすから待ってて。…大丈夫!通り雨だからすぐ止むよ。」
『…うん、ありがと。兄ちゃん。』
もう一度頭を撫でると、先ほどよりもいくらか表情が緩む。
Aの頭痛がどれほどの痛みなのかは、オレには分からない。
Aの感じている痛みの全てを知ることなんて不可能だけど、少しでも和らげれたら…。
雨の降り続けた夜、Aは決まって眠っているときにうなされる。
悪い夢を見ているのか、過去の記憶が縛り付けているのか。
薄い布団の中で小さくうずくまって苦しそうに顔をゆがめている。
オレに出来ることといったら、握りしめられた手を包んで、震える背中を撫でながら「大丈夫だよ」と声をかけることくらいだ。
起こしてもAはうなされていたことも、夢を見ていたことも覚えていない。
苦しそうな小さな呻き声を聞くたびに、Aの中にある痛みや苦しみを思い知らされて、自分の無力さに胸を抉られるような感覚になる。
隠さなくていい。
我慢しなくていいんだ。
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欅夏希 - とっても面白いです!感情の変化や状況などが分かりやすく、読みやすいなぁと個人的には思っています!お話を作るのは簡単ではないかもしれませんが、続きを読めるのを楽しみに待たせて頂きます。無理なさらず、頑張って下さい。 (2020年3月27日 22時) (レス) id: 94cd216a66 (このIDを非表示/違反報告)
柚木夏紗 - 面白いっ!!!!更新待ってます!!! (2020年3月18日 7時) (レス) id: 73f9f96d98 (このIDを非表示/違反報告)
聖(プロフ) - はじめまして いつも更新を楽しみにしています。 これからも頑張ってください^_^ (2020年3月14日 12時) (レス) id: d507af1541 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:テル | 作成日時:2020年3月3日 13時