レーダーに狂いは無し ページ13
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伊沢社長は、誰よりも近くて遠い。
近いというのは主に物理的な距離だが、でも、そのせいでいつも忘れかけてしまう。
本当の彼は、誰よりも遠い位置に居るのだということに。
今日も数日前と同じように雨が降っていた。梅雨に入ったばかりだからか、最近はやけに雨と縁がある。
だが今日はしっかりと折り畳み傘を持ってきたので、非常に安心だ。
『 Aちゃんレーダー 』とやらの性能を信じるならば、傘があれば反応しないだろう。なんかめちゃくちゃ頭悪い奴みたいに見えるが。
だってあのレーダー(という名の勘)、ほんとに百発百中なんだもの。
これ以上社長を呼び出したらバチどころではすまない。
「 にしても、かなり降ってるなぁ 」
レーダーからは逃れられたかもしれないが、この様子だと若干折り畳み傘では心許なかったかもしれない。
浴槽をひっくりかえしたような勢いで地面に降り注ぐ雨を見つめ、小さめの傘をクルクルと回す。
もう少し勢いが弱まってから行こうか。それともさっさと濡れるだけ濡れてお風呂に直行するか。
どっちでも良いなぁ。どうせ今日はこれ以上することないし。
少しずつ『 待つ 』の方へ傾き始めている心に従って、傘を折り畳もうとした……その時。駅で立ち尽くしている私の前に現れたのは、やっぱりあの高級感溢れる車だった。
「 Aちゃんもしかしてお困り?!乗ってく?!今なら婚姻届にサインするだけで良いよ?!? 」
「 だけの使い方知ってます? 」
ていうか、なんでまたこの人は私の前に現れたんだ。ちゃんと傘は持ってきたはずなのに。いつもみたいなドジは披露してないはずなのに。
もしかして、ここで立ち尽くしているのを察知して来てくれたのだろうか。
……なんて、そんなことあるわけないか。
彼はただでさえ他の重要なことで頭が一杯な筈だ。私のことを考えるスペースなんて、あるわけがない。
「 ……どうしてここに居るんですか 」
「 ん?どうしてって、そりゃあAちゃんが困ってる気配がしたからだよ。実際困ってたでしょ? 」
「 …… 」
そんな訳がない。頭では確かに分かっているのに。
「 Aちゃんが困ってたらどこでも駆けつけるのがこのイザワタクシーだから 」
この人は、いとも簡単にそんな私を笑い飛ばしてしまう。
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作者名:朝田 | 作成日時:2020年12月3日 19時