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 A、お主はこんなにも素晴らしい音を持っていたのだな。涙の音を密かに混ぜながら、だんだん穏やかになっていくその音が心地よく、きき惚れていた。


 彼女は友を、そしてバンドを幾度となく救い、支えてくれる。拙者もAの笑顔を光としてここまでやってきたのだ。この音は、それそのものだと思った。この音でないと。


 拙者も原曲には理解があった。Aが参考にと、楽譜を持ってきたことがある。作曲に煮詰まったウェンティのために、秘密で二人、放課後に黒丸をかいていたあの頃であった。


 そして今、Aはその楽譜と同じ歩みを進んでいない。


 拙者はこの音が好きだ。


「A」


 演奏が終わったあとで、彼女にそっと近づいた。恐れるような瞳を向けていたが、逃げようとはしなかった。


「か、万葉…」


 レールの書かれた紙の束を拾い上げ、ゴミ箱に放り込んだ。こんなものは必要ない。そうであろう?


「あ、楽譜…」

「いらぬよ、もう。…そんなものは指標にすぎぬ。ただ楽譜の通りに弾いても、誰かの心を暖めることはできまい。拙者は、Aのピアノが好きでござるよ。好きで居続けよう。」

「え…。私の、ピアノが?」

「うむ。これほど心を奪われたのは初めてのことであった。世辞ではない」


 頭に触れると、引っ込んでいた涙がまた溢れてきたようで、しかし、それを拭うことはしなかった。ただ俯き、ヒュ、と高い息の声を時々漏らしている。


「わたし、わたし。好きって言われたの初めてで、……楽譜通りに弾けないから、いつも怒られてばっかで、わたしのピアノをきいて笑ってくれる人がいなくて」


 一体どれほどの罵声を浴び、どれほどのことをされたのかはわからぬ。指で涙を拭ってやって、頭を撫でてやって、それでやっと彼女は自由になったような顔をした。

 
「きっと、勘違いでござるよ。その世界はあまりにも狭い。音楽は自由だと、ウェンティがいつも言っているであろう?もっと、Aの弾く音が好きだという者はおるよ。…身近におる。」







「…大丈夫なのか?」

「うん、大丈夫。皆が私でいいなら。」

「ふーん」


 僕の知らないところで泣きやがって。


 楽譜は机に置き去りにされている。ピアノは嫌いだと言っていたが、それも嘘だったかのように穏やかな顔だ。

 
 …楽譜とは違うが、美しい。
 これは確かに、僕らに必要な音だ。


「まあ、悪くないね」

変我剣記 / 行秋→←□



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名無し3680号(プロフ) - まくらもとさん» 読ませていただきました!最高でした。素晴らしいお話ありがとうございます! (2023年3月6日 22時) (レス) @page34 id: be46167942 (このIDを非表示/違反報告)
まくらもと(プロフ) - 名無し3680号さん» 遅くなってしまってすみません。書き上げましたのでレス失礼します。書いてて「これでいいのか?」と悩んだんですが、まくらもとらしさを重視してそのまま投稿しました。ちょっと長いんですがよろしくお願いします〜 (2023年3月6日 21時) (レス) id: b517cf66d5 (このIDを非表示/違反報告)
まくらもと(プロフ) - 名無し3680号さん» リクエストありがとうございます!!3.5の風花祭での登場もあると思いますし、ブリュー祭を振り返って想像を膨らませながら書いてみますのでお待ち下さいな。いつもありがとうございます! (2023年2月27日 16時) (レス) id: b517cf66d5 (このIDを非表示/違反報告)
名無し3680号(プロフ) - リクエスト宜しいでしょうか?ミカ君で夢主と事故キスする話しなど書けますでしょうか?いつも楽しく読ませていただいております! (2023年2月26日 22時) (レス) id: be46167942 (このIDを非表示/違反報告)
まくらもと(プロフ) - ルーナさん» 好きじゃなかったら絶対「いつか旅に出られるといいね」としか言わなかったと思います。衝動で動いちゃう空ほんと… (2022年9月27日 22時) (レス) id: cfa18e3d30 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:まくらもと | 作成日時:2022年9月27日 1時

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