□ ページ40
・
なぜ私は、正しく弾けないのだろう。
小学生のとき、友達がよく鍵盤ハーモニカで『猫ふんじゃった』を弾いていた。その音は、当たり前のように皆同じだった。
一緒に弾こう、と集まる女の子達の輪に連れ込まれ、柔らかい脳みそで見事に記憶されたカタカナの楽譜をその中で広げた。…恐らく私のものだけは、皆と全く違っていて。多くの音に混じり、ないはずの場所にある音符。「Aちゃんの、おしゃれだね」とはよく言われたものだが、それもお遊びでしか通用しなかった。
『ちゃうって。そんな音、かいてあるか?ないやろが』
『ちゃうわアホ!!その手はなんやその手は!!!』
『何回言うたらわかるねん!!あんた目ついとんか!!』
ショパンの曲が弾けた。小さな手で鍵盤を押すと、聴けば少なくとも"ショパンだね"と言ってもらえるような音が出せた。でもそれは、あくまで"ショパンのような曲"にすぎず、ピアノの先生やコンクールでは酷い演奏とされた。
最初はその"ショパンのような曲"は"ショパンの曲"であったから、私はピアノの才能があると勘違いされた。でも違う。ピアノが好きというだけでは、私は生きていけなかったのだ。
『またやったな。お客さんの前でもそれするんか。まともに楽譜も読めへんのか、あんたは』
『その変なアレンジ、何なんや。バカにしとるんか。イキるのやめろや』
『そんなピアノ続けるつもりなら、今すぐやめろ!!』
女性講師の罵声は、今でも夢の中で聞こえることがある。毎日のように叩かれた手の甲の感触も、いくら忘れたいと願っても鮮明に思い出すことができてしまう。
私のピアノは、そんなに酷いのだろうか。
『………やっぱり、正しく弾けないと業界ではやってけないってことかねえ。お母さんはわかんないけどねえ』
そっか。
私のピアノ、あれから良いって言ってもらったことないしね。
怒られるのが怖くて、中学校でも休み時間に必死で必死で膝の上で指を動かしていたけれど、結局それも周りに馬鹿にされるだけだった。特に効果もない。
それで、ピアノは嫌いになった。
自分にも周りにも、良いものをもたらすことはなかった。
ピアノを弾くのはやめた。
夢を追うのも、やめた。
193人がお気に入り
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
名無し3680号(プロフ) - まくらもとさん» 読ませていただきました!最高でした。素晴らしいお話ありがとうございます! (2023年3月6日 22時) (レス) @page34 id: be46167942 (このIDを非表示/違反報告)
まくらもと(プロフ) - 名無し3680号さん» 遅くなってしまってすみません。書き上げましたのでレス失礼します。書いてて「これでいいのか?」と悩んだんですが、まくらもとらしさを重視してそのまま投稿しました。ちょっと長いんですがよろしくお願いします〜 (2023年3月6日 21時) (レス) id: b517cf66d5 (このIDを非表示/違反報告)
まくらもと(プロフ) - 名無し3680号さん» リクエストありがとうございます!!3.5の風花祭での登場もあると思いますし、ブリュー祭を振り返って想像を膨らませながら書いてみますのでお待ち下さいな。いつもありがとうございます! (2023年2月27日 16時) (レス) id: b517cf66d5 (このIDを非表示/違反報告)
名無し3680号(プロフ) - リクエスト宜しいでしょうか?ミカ君で夢主と事故キスする話しなど書けますでしょうか?いつも楽しく読ませていただいております! (2023年2月26日 22時) (レス) id: be46167942 (このIDを非表示/違反報告)
まくらもと(プロフ) - ルーナさん» 好きじゃなかったら絶対「いつか旅に出られるといいね」としか言わなかったと思います。衝動で動いちゃう空ほんと… (2022年9月27日 22時) (レス) id: cfa18e3d30 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:まくらもと | 作成日時:2022年9月27日 1時