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朝はいつも声を掛けてくるのに、珍しくウェンティが一人で階段を昇った。昨日のことがあった手前、気まずいのかもしれない。
私は、いつものように話しかけてほしかったけれど。無理もないとも思ったから、何も言わなかった。机の上に置いてあった楽譜と謝罪の言葉にも、私は怒る気も喜ぶ気も起きなかった。
『昨日はすまなかった.』
魈は、不器用だね。でもそれでいいよ。
いつだか、そんなことを彼に言ったっけか。きっと、自分がウェンティに賛同してしまったことも含めて、バンドとして私に迷惑をかけてしまったことを謝罪しなければと思ったのだろう。当の本人はどこかいつもより小さく見える背中を椅子の背につけていた。
同じクラスなのは魈だけで、一緒にいる時間もあるものだから、声をかけようか迷った。でも、そっとしておいた。今声をかけては、お互いに傷をえぐるだけなのはわかっていたし。
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「断られるとは思ってなかったんだ…」
「思ってなかった?覚えてないの?ピアノは弾きたくないって言ってたよね」
だから僕は反対したんだ。彼女ははっきり、"ピアノは嫌いだ"って、そう言ってたから。一言頼んだそばからあからさまに嫌そうな顔をしたし、正直、見ていられなかった。
「僕だって、本当に嫌がってる人にそんなこと頼むほど酷な人間じゃないよ?」
「じゃあ誰に頼むっていうのさ」
「Aの言う通り、ピアノが弾ける人なんて山ほどいる。どうしてもやりたいなら、その中から選ぶしかないんだよ」
「…………それは」
…それに、皆はきっと知らない。
「…昨夜、Aに電話をかけたよ」
「平蔵…!」
「一回目は出なかったけど、二回目で出た。…Aは平気な顔してるけど、そうでもないよ。声を震わせて、"自分が弾くと皆が不幸になる"とか言って、終いにはごめんなさいを連呼。…僕、今日は一睡もしてないんだ。あの声が頭から離れない」
"一回だけ頼んでみれば?"という話だったのに、それを裏切られたことで怒っていた放浪者も、僕らに混じって静かに反対していた万葉も、これは只事ではないと完全に理解してしまった様子だ。ウェンティはより深く、自分のしてしまったことの重みを思い知ったらしい。魈…は、朝からこんな感じか。
「それと、こうも言ってたよ」
『皆は悪くない』
『弾けない私が悪い』
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名無し3680号(プロフ) - まくらもとさん» 読ませていただきました!最高でした。素晴らしいお話ありがとうございます! (2023年3月6日 22時) (レス) @page34 id: be46167942 (このIDを非表示/違反報告)
まくらもと(プロフ) - 名無し3680号さん» 遅くなってしまってすみません。書き上げましたのでレス失礼します。書いてて「これでいいのか?」と悩んだんですが、まくらもとらしさを重視してそのまま投稿しました。ちょっと長いんですがよろしくお願いします〜 (2023年3月6日 21時) (レス) id: b517cf66d5 (このIDを非表示/違反報告)
まくらもと(プロフ) - 名無し3680号さん» リクエストありがとうございます!!3.5の風花祭での登場もあると思いますし、ブリュー祭を振り返って想像を膨らませながら書いてみますのでお待ち下さいな。いつもありがとうございます! (2023年2月27日 16時) (レス) id: b517cf66d5 (このIDを非表示/違反報告)
名無し3680号(プロフ) - リクエスト宜しいでしょうか?ミカ君で夢主と事故キスする話しなど書けますでしょうか?いつも楽しく読ませていただいております! (2023年2月26日 22時) (レス) id: be46167942 (このIDを非表示/違反報告)
まくらもと(プロフ) - ルーナさん» 好きじゃなかったら絶対「いつか旅に出られるといいね」としか言わなかったと思います。衝動で動いちゃう空ほんと… (2022年9月27日 22時) (レス) id: cfa18e3d30 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:まくらもと | 作成日時:2022年9月27日 1時