Q31:表情 ページ32
その言葉の意味がわからず、俺はただ、先輩を見つめた。
先輩はそんな俺の視線に気づいたのか、困ったように笑うと、扉へ顔を向けた。
「……私、赤司くんと同じなんだよ。でも……違うのは、何でもさせてくれる反面、期待はされてないってこと……かな」
俺は先輩の言葉に目を見開いた。
"期待はされてない"。
その言葉が妙に引っかかった。
「先輩、それは「如月、赤司。お前らまだ残ってたのか……早く支度して来い」」
扉が開き、虹村先輩が顔を覗かせてそう言う。
そのことに俺はもちろん、如月先輩も驚く。
「虹村くんもいたんだ?」
「俺は先生への報告でな。施錠もするから、そのついでの見回りだ。第1と第2は誰もいねぇし、第3で残ってるのは、お前らだけだ」
虹村先輩はそう言うと、鍵を見せる。
如月先輩は肩を竦ませると、走っていく。
(そういえば、俺も練習着のままだったな)
そう思い、俺も体育館から出ようとした。
が、虹村先輩が俺のそばに来る。
「……お前は良いから、ここで着替えろ」
先輩はそう言って、俺の荷物を置く。
そして、背中を向けてくれる。
「ありがとうございます」
俺は呟くと、素直に着替え始めた。
Tシャツを脱ぎ、制服のシャツに手を通すと、虹村先輩が口を開く。
「……如月の家だがな。両親は平気で何年も家を空けるんだ。その間、如月は1人でいる」
その言葉に俺の手が止まった。
何年も家を空ける?
いや、それよりも何故、虹村先輩が……?
中学から一緒ではないのか?
虹村先輩は俺を見ると、頭を搔く。
「……俺と如月なら、保育園からの幼馴染みだ。つってもあいつ、昔からあんなんじゃねぇけど……」
「どういうことですか?」
「あいつ……両親が帰ってくる日は、ニコニコしてたんだ。だが、翌日に学校来ると、笑顔から、一転。泣きそうな顔で登校してくる。最初は周りも心配した。だが……小学3年。あいつは表情を変えなくなった」
「表情を変えなくなったって、微笑んだりはして……」
俺はそこまで言って、言葉を止めた。
いや、少し違う。
"止めざるを得なかった"んだ。
俺は先輩の微笑んだ顔、困ったように笑う顔、それは見たことがある。
だが……「満面の笑み」を見た事があるか?
そう言われてしまえば、俺はないだろう。
そう思ってしまうほどに、俺は先輩の笑顔と言えるものを「見た」と言える状態にない。
その後、先輩の言葉を、俺はどこか遠くで聞いていた。
※
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作者名:アマユリ | 作成日時:2021年11月20日 16時