降谷さんが狂犬を飼い始めたらしい。【降谷零/安室透】

12.鴇色 ページ14

｢風見、そっちは？｣

｢しばらく動いてません｣

｢そうか、こっちもだ。引き続き頼む｣

｢はい｣


通信を切ってイヤホンから手を離す。

ちょうどその時、Aの飲んでいるミルクティーのの容器がべコッと音を立てた。



『動かないですねぇ』

｢そうだな｣


彼女はストローの先を噛みながら気だるげにキャスケットのつばを少し上げる。

取引の予定時間はまだ少し先だし、それまで動かないつもりだろうか。

今日暑いんだよな…サングラスしてるけど日差しもきつい。

集中が切れてきたらしい隣の犬はぼんやりとジェットコースターを眺めていた。



｢おい、ぼけっとすんなよ｣

『はぁい。もうずっとこういうとこ来たことなかったから、なんか目新しくって〜』

｢そうなのか？｣


前から思ってたけど、こいつ意外と俗世から離れてるよな…

誰でも知ってるような芸能人も知らないことが多いし、流行語なんかもほとんど知らない。

Aは標的に視線を戻してから、困ったように笑って言う。



『あー…なんていうか、親の方針で？』

｢ふーん…？｣


正直親が厳しい家庭で育ったようには全く見えないが。

まぁそこらへんは色々あるんだろうとスルーする。



『だから、水族館とか映画館とか、そういうとこ全然行ったことないんですよね〜』

｢へぇ…じゃあ今度一緒に行くか？｣

『えぇ！？！？』

｢うわ、バカ！でかい声出すな！｣


アホかこいつ。尾行中なのわかってんのかよ。

無駄に伸びる頬をギリギリとつねった。

ごめんなひゃいと聞こえてきてもなおつねる。



｢水族館とかはともかく、映画館のレイトショーくらいならどっかで時間作って行けるだろ｣


深く考えずに誘ってしまったが、ここまで大仰な反応をされると恥ずかしくなってきた。

最後にもう１度引っ張ってから手を離した。


『いたた…い、いいんですか！？』

｢別に映画くらい…そうだ、ホラーにするか｣

『えー！？もっとわんこの感動系なやつとかがいいですー！』

｢却下｣


なんでですか酷いですと暴れる頭をキャスケットごしに抑えつける。

やがてAはいつものように、少し頬を染めてふわりと笑った。



『えへへ、約束ですからね！絶対行きますからね！
楽しみにしてます！！』

｢…はいはい、移動するぞ｣

『わん！』


元気良く返事をし、半歩遅れて付いてくる。

約束したこれを、デートだな、なんてからかったらまた真っ赤になるのだろうか。

繋いでいる手はまだ離していない。

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