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「...なんで、言えへんねん、くそ。」
扉を開ける前。彼のつぶやく声が聞こえた。
何が言えないのだろう。そう自分の中で疑問が流れるもすぐ答えは出る。
少し滲みかけた視界に、慌てて深呼吸する。
大丈夫、視界はクリアだ。
この後、どうなるかは知ったことじゃないが。
ガチャ、という音に彼はビクリと肩を揺らした。
ああ、もう、そんなに。
大丈夫、今から私が言うから。貴方にこれ以上甘えないから。
『...どうしたの、トントン。』
「あ、いや、なんもないで。ちょっと考え事しとってん。大丈夫。」
『...考え事って、なに?』
「...え?」
彼は驚いたようにこちらを見た。決して私が踏み込むことのなかった領域に、このタイミングで踏み込んできたから。
『...ねえ、トントン。もう、別れよう。』
「な、んで?」
言葉にしたら、これ以上ない程胸が痛む。
泣きたくないのに、視界が滲むから、必死で堪えて下を向いた。
彼の大きな手が、両腕を掴む。
久しぶりに触れられた、その手の感覚に、今言った言葉を取り消したくなって、必死で口の端を強ばらせた。
『トントン、あたしの事もう、好きじゃないでしょ、』
「そんなわけない、」
震えた声に情けなくなってまた視界が滲む。
否定してくれる彼の優しさが今は胸をギリギリと絞めた。
彼の顔を見れば、困ったような顔をしていて、また私が困らせてると思って、苦しくなった。
耐えられない。ごめん、ごめんなさい。
『いいよ、大丈夫。あたしのことは、気にしないで。』
「やめろや、取り消せ、お願いやから、」
掴まれた両腕を引かれて気づいたら彼の腕の中にいた。彼の匂いは以前と全く変わっていなくて、我慢していた涙が一筋零れてしまった。
『大丈夫よ、あたしは。だから、自由になっていいよ。もうこんな、同情、いいから、』
離れようとして身をよじった。けれど彼は今までにないほど力強く抱き締める。いつもは、壊れ物を扱ってくれるように優しいのに。
『、トン、』
「ごめん、ごめん。」
『いいって、もう、だから離して、つらいよ、』
これ以上は、もう。
そう言おうとして、彼は唇に触れた。
動けなくなった私は、とうとう涙をとめどなく流してしまう。
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ちぃ汰。(プロフ) - 了解しました。続きで書くのでしたら是非拝見させて頂きます。宜しければ続きである事を表記していただけたら幸いです。楽しみにしています。 (2019年10月5日 14時) (レス) id: 3f437b8d31 (このIDを非表示/違反報告)
絶対匿名03(プロフ) - ちぃ汰。さん» ひたすら毒素の詰め合わせ、と言う短編集にて毒素の話として書こうと思っています。よろしければ閲覧していただけると幸いです。 (2019年10月5日 13時) (レス) id: b60e961817 (このIDを非表示/違反報告)
ちぃ汰。(プロフ) - 絶対匿名03さん» コメントありがとうございます。続きを書いていただけるのでしたら是非拝見したいです。もしよろしければどちらの作品で書かれるのか教えていただけないでしょうか。ありがたいお話ありがとうございます。 (2019年10月5日 12時) (レス) id: 3f437b8d31 (このIDを非表示/違反報告)
絶対匿名03(プロフ) - リクエストではないのですが、シリーズ最初のApple Tarteの49話(キュラソーを濁らせて)の話の個人的な続きを書きたいのですが、よろしいでしょうか?なるべく作風や元の口調等が崩れないように注意するつもりです。ご返答よろしくお願いいたします。 (2019年10月5日 8時) (レス) id: b60e961817 (このIDを非表示/違反報告)
ちぃ汰。(プロフ) - 暁さん» こんなに長く読んでいただけてるのを知れて嬉しかったですよ、本当に! こちらとしては皆様のコメントはとても励みになるのでありがたいです...! 是非またリクエストでもなんでもコメントして下さると嬉しいです。 (2019年9月5日 10時) (レス) id: 3f437b8d31 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ちぃ汰。 | 作成日時:2019年6月22日 0時