315.訳がわからないシリーズ ページ15
最近小説感想を書いているという話はしましたよね。
なぜこの文をここで書くのかといえば、自戒の意味もこめ、人目にさらされる(具体的には、可能性のある)場所に置いておきたかったからです。
もともと本人に感想を送りつけるつもりでいましたが、
どうせご本人に言ったとしても無視されることは確実でしょうね。
作者さんが文章批判をされないから辛い、と仰っていたのは知っていますが、
私は実際に批判されるとたとえそれが正当な意見であっても無反応で自分の意思を貫く方だということも知っています。
もちろん、批判に目を通したあとで、自分のやりかたのほうがいいと思うならば問題はありませんが、
事実はそういうわけでもないから厄介なのです。
文章が下手だから読んでいて苦痛だという話はしたような気がしますが、
文章をかくのになれないとわからないような部分を、
文章をかきはじめたばかりだという相手にもとめるのは酷だと思います。
彼女は周囲から「文章がうまい」といわれていたから少し期待してしまったという私の落ち度もあるのです。
いやよくあれをうまいといえたものだとも思いましたが、それはどうしようもありませんからね。
だから私は先日こう思いました、あのかきなれていない、しかもわかりにくい文章が「うまい」といわれるのであれば、
私のこのわかりにくい文章も、「うまい」と言われてしまうでしょう、と。それはいけません。
だからだめなのだ、と言いたいだけなのでこのような表現で失礼いたしますが、
これはつまり、わかりにくさが文章のうまさの指標であるとするならば、そうなってしまうので問題であるという否定的な意見です。
他には、私がここでもよく……というかうるさいほど発言する言葉の間違いについても、
正直なところ、間違いが多くて目につくわけです。
いやもちろん、一般的に誤用のほうが多く知れている言葉ならば、間違えるのも理解できます。
辞書にはまだ載っていないものの、いずれ載るかもしれないといった広まりかたのもののことです。
しかし、そうでもない単語が間違っていると、私はどのように考えるべきか迷います。
誤用なのか、それとも前後の文がおかしいのか?
答えは未だ見つかっていませんが、どちらにしてもクソ迷惑ですよねえ。
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作者名:かるせ | 作成日時:2017年10月31日 9時