07.欅のひとりごと｡ ページ8
さわさわと風が私の緑を揺らしていきます｡
私はこの家の欅｡
亡くなったこの家の主が子供の頃に私を植えてから、もう何年になるでしょうか？
｢じいちゃん…行ってくるね｡｣
小さかった坊ちゃんもいつの間にか大きくなられて
私に小さく手を振ると自転車で行ってしまわれました｡
残った二人は食事を済ませ
楽しそうにお喋りしながら、坊ちゃんの言いつけどおり食器を洗っています｡
何やら風に千切れて、坊ちゃんには内緒の話が聞こえて参りました……
・
｢しかし大ちゃんも律儀だよねぇ｡｣
｢へっ？何が？｣
｢ホラ、例の『おまじない』
嫌がられても嫌がられてもめげずにしてるじゃん｡｣
｢だってぇ、ニノ可愛いし、いい匂いするし｡
ああでもしなきゃ、俺の眼の届かないトコで“悪い虫”に襲われちゃうもん｡｣
｢うひゃひゃ、“悪い虫”ねぇ(笑)
大ちゃんの妖気纏ってるニノを襲える命知らずは、なかなかいないと思うよ｡
……万が一いたとしたら相当な馬鹿か｡
それとも腕に覚えのあるヤツか｡｣
｢そこらへんも大丈夫だもーん｡｣
背の低い彼は拭いたお皿を食器棚に戻すと、綺麗な手を空に滑らせました｡
何処からともなく彼の手に舞い降りた漆黒の羽根が
滑らかな肌に触れた途端
雨粒のような、小さな黒い粒へと形を変えます｡
それは渦を巻き、やがて鳥の姿を形どり
私の枝に止まるそれより大きなものへと変化しました｡
私が目にするそれと一番違うのは、三本脚であること……｡
｢久し振りに見た｡
大ちゃんの
｢え〜、そっかなぁ？
俺、いつもコイツにニノのこと見守らせてるけど？
んふふ、頼んだからね？
今日も俺の
彼は優しそうな顔をふにゃりと崩すと
自らが作り出した神話の世界に息づくカラスを見送ります｡
窓辺に立ち、カラスが吸い込まれた青を満足そうに見つめた後
彼は気持ち良さそうに伸びをして、ガラス玉のような鳶色に私を映しました｡
｢あの子に一番最初唾つけたのは俺｡
じいさんが俺にくれたんだもんな｡
ニノは俺のモンだ｡
約束通り必ず守るよ｡｣
一瞬見せた眼光とは裏腹に、彼はまた柔らかく微笑むと窓に鍵を掛けました｡
そう……｡
ここ『にのみや荘』には坊ちゃんに引き寄せられ
珍妙な者どもが集まって参ります｡
坊ちゃんはまだそのことに
お気づきになられていないようですが………｡
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1214人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：あさり
作成日時：2014年6月17日 23時
