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｢初音、初音｣
人の気配もすっかり消えた
御簾の外から部屋の主の名を呼んだ｡
“……もう、遅いじゃない｡”
元気だった頃、おれ達の来訪を待ちわびたように響いた少女の声は失われて……
返事の代わりに風が運んだのは、嗅いだ事のある香りだった｡
人間が死人を悼む時に焚く線香の香り……｡
初音という少女の『終焉』を知らせる薫りだった｡
御簾をくぐったおれ達の視界の先には
小さな布団の上に寝かされたやせ細った少女の亡骸｡
愛らしい笑みを湛えていた顔の上には、死を悼むように白い布が掛けられている｡
おれはその布をとると、まるで眠っているような初音に語りかけた｡
｢初音、昨日見たがってた白木蓮だ｡
約束通り、智君が探し出したんだ｡
お前に届ける為にね…
雪が舞うこの時期にさぁ…、
ちゃんと木蓮、見つけ出しちゃうんだもん…
凄いだろ？智君は…｣
紅を引かれた唇が、白く透けた肌によく映えて
初音自体がまるで可憐な花のようだった｡
冷たくなった初音の手を取ると、智君は木蓮の枝をその手に添えた｡
｢……馬鹿野郎｡
人がせっかく苦労して持ってきてやったのに……｡
昨日言っただろ？
『待ってろ』って……｣
陶器のような肌はやっぱり雪のように冷たくて……
智君が撫でてやっても、昨日のように温かな涙は流さない｡
でも、穏やかなその顔はまるで笑っているかのようで……｡
おれにはなんだか満ち足りているようにも見えた｡
｢……次に生まれ変わったらもっと丈夫な体で生まれて来いよ｡
こんなんで死んじまって……｡
初音……
お前つまんなくなかったか…？｣
白い頬を滑る繊細な指先は、何度も丸みを帯びた軌道を辿る｡
智君はおれを見ることなく、小さな独白を漏らした｡
｢なぁ……、翔君｡
なんで人間はこうも弱っちくて…｡
こんな簡単に死んじまうのかなぁ…？
俺、翔君と馬鹿やってるのが一番いいなぁ……
人間と関わるのは二度とゴメンだ｡｣
｢智君……｣
・
その夜はとても寒い夜で、
夜空を彩る満天の星が見事な夜だった｡
『星が降ってきそう』なんてよく言うけど、
そんな形容がぴったりな、さんざめく星達が見事な夜だった｡
初音が旅立ったその夜は
そんな形容がぴったりな
さんざめく星達が、本当に見事な夜だった……｡
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作者名：あさり
作成日時：2014年6月17日 23時
