可愛くねぇ奴。 (ページ12)

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「あ、やばっ」

ぼうっとしている暇は無い。
私は田中さんの気持ちが入った鞄を握り直し
急いでタクシーを捕まえ自分の店に向かった。

裏口から入り、出勤したことをパソコンに打ち込み休む暇なくドレスへと着替える。

ドレッサーに置かれたアイロンで軽く髪を整えていると後ろの扉が開いた。

「A来たんやな、お疲れ」

「淳太もお疲れ様」

「何も無かったか？」

「うん、大丈夫」

「よかった」

「あ、淳太」

手を止めて鞄から白い封筒を取り出す。

「田中さんからいただいたお金ね」
「ん。確かに受け取った。」

アイロンを再開していると小さく淳太が声を漏らす。

「これ50万くらい多いねんけど…」

「私も言ったのよ？でも2人で会ってくれたお礼だって言ってくださって」

「すげぇな……」

「45分くらいしか会えなかったのに…」

「ありがたく頂こう、このプラスの金額はちゃんと源氏名のものだから」

私のヘアセットが終わったのを見計らって淳太は私を源氏名で呼んだ。
仕事開始の合図だ。

「指名の方が6名いらっしゃってる。」

「了解。…あいつはいる？」

「今日はまだ。
」
「了解。源氏名入ります」

「はい、お願いします。」

淳太が首元の無線マイクを使って他のボーイに私が入ることを知らせた。

この店は他店より閉店が早い。
23時に店の照明は切れている。

「源氏名さんA卓から順に回ってください」
「はい」

「青木様お待たせいたしました。源氏名が到着致しました」

「おぉ、待ってたよ」

「お待たせしてごめんなさい」

「焦らされるくらいがちょうどいいよ」

「ほんっと、優し過ぎますよ」

「焦らされた効果かな、一段と綺麗に見えるよ」

「まぁ、お上手」

会社員のAAは、ここにはいない。
非常階段の踊り場で会ってしまった彼のことも、源氏名の頭の中にはいない。

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