【短編集】恋のうたを聞きながら vol.3【ジョジョの奇妙な冒険】

後の祭り【イルーゾォ】 ページ34

気が付きたくなかった。


「私、でていくから」

　そう言い放ったAの声が耳にこびりついて離れない。

(馬鹿みてェだな、俺)

　あいつが出て行ってからもう数か月経ってるのに、まだ引きずっている自分に嫌気がさす。

(さっさと忘れちまえばいいんだ、あんな女。どうせ遊びのつもりだったんだから)

　ちょっとした冗談のつもりで言った言葉だった。

─もういい。私、でていくから

　ちょっと待て、と掴んだ手を振り払い、あいつは俺に背を向けた。

─私の私物は捨ててくれていいし、鍵も返すわ

　そう言って、あいつは俺の前から姿を消した。
　初めはすぐに帰ってくると思ってた。だけど、1週間、2週間と時が流れてもあいつは帰らない。
　その時になって、まずいことになったと気が付いた。慌ててあいつの住んでいるマンションの鏡に向かったが、あるはずのあいつの鏡はなかった。実際にあいつの住んでいた部屋に行ってみたが、すでに引っ越したあとだった。管理人に話を聞いてみても、どこに移ったかは知らないと言われた。
　そして、今に至る。

(…悪いのは、俺じゃない)

　心の中でそう呟いてみるが、そうは思えない。
　だって、出て行く時、あいつは確かに泣きそうな顔をしてたんだ。その顔にさせちまったのは、俺なんだ。

(でも、泣かないあたり嫌な女だぜ、あいつ…)

　思えば、あいつが俺の前で泣いたことは一度もなかった。イラついてた時についキツイ事を言っちまったこともあったが、その時ですらあいつは俺をいたわるような言葉をかけ、微笑んでくれた。

(待てよ…？)

　あいつ、本当に笑ってたのか？
　俺に八つ当たりされて、ひどいこと言われて、何とも思ってなかったのか？
　俺の我儘に付き合わされてたことに、不満はなかったのか？
　考えるな、と思考を停止させようとしても、疑問はいくらだって沸いてくる。

(あいつは、もう俺のこと嫌いなんじゃないのか？)

　最後の疑問にたどり着いた瞬間、不意に目の奥が熱くなった。

「あ…？」

　ボロボロと落ちてくるそれに、俺は一瞬何が起こっているのかわからなかった。
　泣いている、そう気が付いた瞬間、俺はわかった。わかってしまった。

(俺、あいつのことマジで好きだったんだ)

　本気で好きだったのに、どうして、あんなこと言っちまったんだろう。



後悔に苛まれる頃には取り返しがつかない…だなんて、気が付きたくなかった。

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