156.(side T.O) ページ8
「…向こうで店開いたんやって」
「そうなん?」
「Aってな、料理してる時めっちゃ幸せそうで、めっちゃ癒されんねん」
「急に惚気るやん」
「もう彼女ちゃうんやから惚気てるのとは違うけど。でも、まぁ…確かにそんな所も好きやったわ……って俺は何を言うとんねん」
「ふふ、大倉可愛いなぁ」
「…やめろ」
時々脱線しながらも、ポツポツと話す俺の話をヤスは静かに相槌を打ちながら聞いてくれとった。
優しく受け止めてくれるヤスに、一度話し出したら止まらなくて。
なんで別れたかも、ほんまは戻ってきて欲しかった事も、俺を忘れへんように渡したズルいプレゼントも、情けないくらい勝手に口からこぼれ落ちる。
「…まぁ、あの記事のせいでなんかあったんやろとは思ってたけど…おばあちゃんの事もあってAちゃんいっぱいいっぱいやったんやな。ほんま……切ないわ…」
「ごめん。こんなん言うつもりなかってんけど…カッコ悪いな」
俺の言葉にヤスが小さく笑う。
カッコ悪くなんてないで、と柔らかい声が俺を包み込んだ。
気付けば勝手に涙が頬を濡らしていた。
ぐっと手のひらでそれを拭う。
「…俺思うんやけどな?大倉がそんな辛いんやったらAちゃんもきっと泣いとるで?ええの?」
「ええも何も、しゃーないやん」
「せっかくそのいつきさん?て人がお店の場所教えてくれたんやし、会いに行ってみればええやん」
「聞いてた?ちゃんと話して別れたんやって。今更行かれへんて」
「なんで?頼まれてーん、て知らん顔して行ったらええやん」
「無理やって」
「もー!頑固やなぁ」
ヤスはポツリと呟いて、少しだけ考えて。
「Aちゃんの地元どこやっけ?」
聞かれるまま、Aの地元を口にすると案外近くやん、とヤスがニッと笑顔を浮かべた。
そうやな。
行こうと思ったら、いつでも行ける距離。
でもその距離が案外遠いねん。
「じゃあ…今から行ってみる?」
首を傾げて俺を見上げたヤス。
今の今まで感傷に浸ってたのに、その言葉に涙は一瞬で引っ込んだ。
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作者名:咲菜 | 作成日時:2022年8月16日 20時