154.(side T.O) ページ6
あんな風に物わかりのええフリをして、涙ながらに最後の夜を過ごしておいて。
今更簡単に会いになんて行かれへん。
あれから時々いつきさんに貰った小さなショップカードを眺めては、出るのは溜息ばっかりや。
向こうで店を開いたという事は、もう戻って来るつもりもないって事やろうし。
こないだポロッと漏らしてしまった本音は、確かにそうなんやけど。
戻って来る言うても俺の所に戻って来るわけちゃうし。
そんな俺がAんとこに行ってどうなるん?
せっかく前を向いたAの気持ちを掻き乱すような事はしたくない。
でも、いつきさんも言うてたけど、つまらなそうに料理するAは嫌やな。
最後の日は、あんなにニコニコしとったやん。
何があったんやろ…多少は俺のせいもあると思うけど。
料理してる時は癒しの時間やって言うてたのに。
心配になるやんか。
なんてAの顔を思い出してまた溜息。
「あ、大倉やん。おつかれ〜」
リハが終わって、そのまま打ち合わせやって。
仕事モードの頭はいつの間にかAの事でいっぱいになっとって。
ボーッと歩いていると、先に帰ったと思ってたヤスと廊下で鉢合わせた。
「あれ?帰ったんちゃうの?」
「撮影しとった。大倉終わり?」
「あぁ、うん。終わり」
「たまには飯でも行く?」
「ええけど」
ヤスに誘われて遅めの夕飯。
「飲んでばっかやん。なんか食えや」
「食うてるわ。だいたいヤスに言われたないねん」
「俺も食うてるわ!」
「嘘つけ。草ばっかやん」
「草言うな。肉も食うてるっちゅーねん」
「今日は何肉食うたん?」
「今日?今日は朝鹿肉ぎょーさん食うたで」
「朝からよういけるな」
ヤスの笑う顔につられるように笑う。
食べてへんわけやないけど、疲れた体にちょっとのつもりが、ここの所のモヤモヤとした気持ちも手伝って、確かに酒が進んでしまう。
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作者名:咲菜 | 作成日時:2022年8月16日 20時