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帰り道、なんとなく真っ直ぐ帰る気になれなくて。
気持ち良い海風を浴びながら、少しだけ寄り道。
こないだ忠義くんと並んで座ったベンチに腰を下ろした。
ごめんなさい、私の答えにゆきちゃんの先輩はそっか残念、と呟いただけだった。
彼の柔らかい笑顔を思い出しながら、どこまでも続く黒い海を眺めて。
打ち寄せる波の音に耳を傾ける。
あぁ…無性に忠義くんに会いたい。
ふと浮かんだそんな気持ちに応えるように、静寂を破る、着信音。
きっと、忠義くん。
案の定表示された名前に思わず笑みがこぼれて、迷わず通話ボタンを押した。
「Aっ」
その瞬間聞こえて来た、忠義くんの声。
妙に焦ったその声に少しだけ驚いたけど、久しぶりの忠義くんの声は一瞬で私の胸を高鳴らせた。
「どこにおんねんっ」
「どこって…今日飲み会に行ってて…」
「知っとるわ!そんなんええねん!今、どこや!」
「えっと…海?」
「は?海?1人やろ?1人やんな?」
「1人だけど…どうしたの?」
「どうしたの?ちゃうわ!…1人なんやな…ならええわ。うん、海な…ほなそこで待っとけ!……アホ!」
確かにずっと電話に出なかったし、勝手に飲みに行ったけど…アホって酷い。
その上あっという間に切られてしまった。
しかも待っとけ、って…アルコールの抜け切らない頭にハテナが浮かぶ。
待ってたら忠義くんが迎えにでも来てくれるんだろうか…なんて有り得ない事をうっすら期待して素直に待ってみる。
ボーッとさっきのように海を眺めていると、そのうちに一台の車が駐車場に入ってくるのが、遠目に見えた。
バタンとドアが閉まる音が響いて、私の鼓膜を揺らした。
そして、駆け寄る人影。
驚いた事に近付いたその人はどこからどう見ても本物の忠義くんだ。
走って来たせいで肩で息をする忠義くんが私を見下ろした。
「こんな時間に何をしとんねん」
「海眺めてた」
「アホか。危ないやろ。時間を考えろ」
「でも誰もいないよ?」
「…そういう事ちゃう」
小さな街灯が忠義くんを照らす。
心配するやろと呆れた顔して、その腕が私を包み込む。
「…酒臭い」
「…それはごめん」
会いたいなと思ってたところに、いないはずの忠義くんがやって来て、抱きしめてくれている。
いとも簡単に私の気持ちをさらっていく忠義くんに、ちょっと悔しくなって。
少しくらい憎まれ口も叩きたくなって。
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作者名:咲菜 | 作成日時:2022年8月16日 20時