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田舎の終電は早い。そろそろ帰らないと終電を逃しちゃいそうな時間だ。
「…そろそろ終電なんで帰りましょうか?明日仕事ですよね?」
「うん、まぁ…じゃあ、これ飲んだら帰ろうか」
そういう彼もお酒が強いと思う。
目の前のグラスを手に、来た時と変わらない笑顔を浮かべてる。
「…今日楽しかったです」
「あ、良かった。俺も」
最後の一杯を飲みながら、その言葉は素直にこぼれた。
さっきまでは帰りたかったはずなのに、自分で思ってるよりはるかに酔ってるのかもしれない。
微笑んだままの彼と目が合った。
「…実はさ、」
お互いのグラスの中はもうほとんど残っていなくて、もうすぐこの時間は終わりを告げる。
彼は一瞬考えて、グイッとそれを飲み干した。
「実は俺、バツイチなんだよね」
「…えっ?」
そして突然の告白。
多少の驚きはあったけど、別に年齢を考えれば結婚していたとしても不思議はない。
さらに言えば、バツイチだからたってたいした事でもない。
「離婚する時、結構大変でさ。もういろいろ懲り懲りだと思ってたんだけど」
だからと言って、今日会ったばかりの私にそんな話をする必要はないわけで。
返事に困る私に、彼は構わず続けた。
「でもまだ40だし。まだ人生半分なのに、このままずっと1人なのも寂しいかなぁって最近思うんだよね」
「…それは、なんとなくわかります」
「たまには誰かに甘えたい夜もあったりして」
「…ですね」
「…今日、本当に楽しかった」
彼が柔らかな笑顔を引き締めて、私の瞳を捉えた。
わざわざ今日会ったばかりの私に、隠さず話す事には彼なりの理由があるんだろうし、それがわからないほど鈍感でもない。
少し白髪混じりの髪の毛、彼のこれまでを刻むような笑い皺。穏やかな口調と、柔らかな眼差し。真っ直ぐに紡がれる言葉たち。
彼は、とても魅力的な大人の男性だ。
きっともっとたくさんの魅力があるんだと思う。
これから少しずつ距離を縮めて、少しずつお互いの事を知っていきながら、少しずつ分かり合っていく。
その先に、彼と過ごす穏やかな未来もあるのかもしれない。
だけど、私が欲しいのはそんな未来じゃなくて。
「…また誘っても良いかな?」
心配してくれてるゆきちゃんにも、こんな風に言ってくれる彼にも、申し訳ないけど。
答えは最初から決まってる。
もうずっと私の心を掴んで離さないのは、忠義くんだけだ。
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作者名:咲菜 | 作成日時:2022年8月16日 20時