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私に向けられるいつもは優しいその顔に少しだけ怒りの色を滲ませて。
「もしかして、今日貸し切りなのは、コイツのため?」
「……まぁ」
「まぁ、じゃねぇよ。おまえ、こいつのせいで帰ってきたんだろ?あんたも。なんでまだのこのこ顔出せるわけ?」
そして、今度こそ本当に忠義くんを睨みつける。
「わ!ゆきちゃん止めて!」
負けじと忠義くんが睨み返した。
「自分関係ないやん」
「兄妹みたいに育ったから心配してんの。いい年してアイドルみたいなヤツに遊ばれてたかと思うと腹も立つし」
「みたいやなくてアイドルやし。別に遊んでへんし。兄妹みたいやからって兄妹ちゃうやん。口出しせんでええわ」
バチバチと音が聞こえてきそうな睨み合いに、こっちが困ってしまう。
まぁまぁと仲裁に入ると、ゆきちゃんが溜息をついた。
「仕事中だし、帰るけど」
「うん。忙しいのにありがと」
「…こないだの先輩の話ちゃんと考えといて。先輩良い人だから、一回会ってみろって」
「……うん」
「じゃあ、元彼さんも。Aの仕事邪魔しないでさっさと帰ってください」
また連絡する、ゆきちゃんは忠義くんをもう一度睨んでから店を出て行った。
残ったこの人。
あからさまに不満そうな顔で私を見上げてる。
「今来たばっかやのになんで帰らなアカンねん。貸し切りや言うてるやん。アホか。Aも何をヘラヘラしとんねん。ていうか先輩って何?男?紹介してもらうん?結婚でもするつもりなん?」
そのまま止まらない文句にまた溜息が漏れる。
元彼にそんな事説明する必要はないんだけどね。
「あー…まぁ、一回会うくらいは良いかなって」
「は?本気で言うてんの?」
「……親も心配してるし…ね」
「まだ俺の事好きやのに?」
忠義くんは、それがまるで当然かのように言い放って、カウンターの隅に座るクマのぬいぐるみに視線を移した。
「…あれは、みんながくれたから飾ってるだけで」
「おまえは俺の代わりに悪い虫がつかんようにしてくれてお利口なぁ。ご主人さまが全然お利口ちゃうから、変な男が店に来てもちゃんと追い払うんやで?」
私の言葉を無視して、ぬいぐるみに優しく笑い掛けてる、おじさん。
「良い人かもしれないでしょ。止めて」
「良い人でも、俺以外の男と結婚なんかしたらますます後悔すんで?」
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作者名:咲菜 | 作成日時:2022年8月16日 20時