月に恋せよ暦ガール 【4】

月恋 第144話 「アドリブと台本」 ページ2

先生演じる朏さんが「アカリ」演じるAを抱き締めた。そこで撮影は監督の一声が掛かり終了。

朏さんはAの演技に自分が引きずり込まれたことに動揺を隠せないようで、少しだけ目を見開いて驚きを表情に浮かべていた。

「あの、台本とは違いますけどどうしますか? 撮り直しますか?」

監督さんの隣で控えていたスタッフさんが、恐る恐る彼に訪ねる。

この監督さん、こだわりが強い上にアドリブを入れられるのを酷く嫌うらしく、今回もどうなるか分からない。

折角皆を唸らすほど良いものが撮れたとしても、監督の一言で意図も簡単にお蔵入りしてしまう。そんな状態だ。

周囲の空気が一気に重くなる。

皆、監督さんの顔色を伺っている様だ。

ついついアドリブを入れてしまった朏さんも心なしか表情が固い。俺の隣に居る大ちゃんも何処か不安げだ。

このシーン、俺は絶対に使ってほしくて握る拳に力が入る。

Aの新しい一面を知れるシーン。「アカリ」と言う恋する一人の少女を熱演した彼女の努力が一番よく表れているシーンである。無駄にしたくはない。

緊張感溢れるこの空気の中、監督さんが明るい笑顔を浮かべて一言。

「これでいこう! 朏くん、暦屋くん、良い芝居をありがとう!」

アドリブを入れた俳優さんを勢いよく怒鳴り付けたと言う噂を聞いたことがあるが、それが嘘のように監督さんは上機嫌。

席から立ち上がり、芝居を見た興奮冷めやらぬまま徐に朏さんの手を取って上下に振る。

周囲の人達もそんな彼を見て呆気に取られていた。

そんな中、俺はあのシーンが採用された嬉しさに身を任せ、呆然と立ち尽くしているAの元へと駆け寄った。

「A、スゲェ良かったぞ。昨日あんだけ悩んだ甲斐があったんじゃねェか?」

「A………立派になって!!」

大ちゃんなんて、感動のあまり涙目になっている。

「………あ、ありがとうございます葉月さん、黒月さん」

「A?」

先程の芝居よりも断然赤い顔をしているし、何時もの覇気がない。
何処かボーッとしている彼女に違和感を覚えて顔を覗き込む。

「ああ、葉月。丁度良かった。そいつ確実に熱あるぞ。抱き締めたとき熱かったしな」

「「はい?!」」

漸く落ち着いた監督さんに解放された朏さんが、俺の姿を目に写して淡々とそう述べた。

それを聞き、俺も大ちゃんも驚きを隠さずには居られなかった。

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