わかっていたんだ ページ35
弱まる脈に触れていたくなくて
悲しくて
辛くて
守れなかった自分が不甲斐なくて
なにより
“力が安定”したことに気付いて
紫城は息を吐き出した
最初から、決まった事だったのだろう
未来は変えられないのに、それに抗おうとしても無駄だったのだ
涙は零れなかった
カチャリとカメラを持ち上げた紫城が
電源をつけてみたが反応はなかった
テープは無事のようで、仕方なくそれを片手に
端末をもう片方の手に町を見下ろした
赤い光が点々とする町を端末に残し
それから
飛行船を見上げて、目を細める
「(…青の王様。
俺、アンタとの契約、守れないかも)」
カンカンと鳴り響く階段を駆け上がる2つの足音
「十束！」
「十束さん！」
草薙と八田の到着に
紫城はカメラを抱え直して振り返る
それから
はっと息を呑んだ草薙は全てを悟り
十束へと駆け寄りその体を抱き起こした八田が泣き叫ぶ
「…ごめん、草薙さん」
「お前が謝ることやないやろ…。
大丈夫か？」
十束は誰からも慕われていたけれど
紫城はその中でも特段、十束を特別視していた
だからこその言葉だったが
紫城は笑みを浮かべるだけで
奥歯を噛んだ草薙は端末を取り、通話を繋げた
「…堪忍な、尊。悪い知らせや」
紫城は
周防と、草薙と、十束の3人が同じ空間にいるのを見るのが好きだった
たった3人から始まり
右腕となる草薙と
調和する十束
その関係性が
3人だけの空気感が、好きだった
「お前は動くな。動かんで、くれ。
十束は連れて帰る」
それはもう2度と、見ることは叶わない
俯いた紫城は
感情が上手く消化できなかった
悲しかった
辛かった
それなのに涙は1滴も零れないで
自分のせいだと思うのは傲慢だと言われた
そして、これはきっと
変えられようのない運命で
紫城の存在1つで左右される未来でもなかったわけで
大丈夫だと、最期に言い残した十束の言葉が
炎を安定させていた
生きて、なんて
呪い以外の何でもない
「(無色の王)」
お前だけは、逃がさない
草薙の車に乗り込んで
バーへ戻る道は、会話もない
片翼をもがれた鳥は舵を失い落下する
理性的な草薙と
直感的な十束
どちらも周防になくてはならない存在であった
目を伏せた紫城はカメラを撫で
窓を開けると
蝶を象った炎を、空へと放った
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作者名：鍵宮 | 作成日時：2019年7月9日 19時
