心の奥底で ページ34
上着も持たず薄着のまま
端末だけを片手に
バーを飛び出した紫城に
草薙が慌てて声をかける
「紫城!!」
この胸騒ぎはなんなんだ
途端に騒々しく
重い雰囲気になった中で
軽快に鳴り響く端末の通話を繋げた草薙の声は
はたして、震えてはいなかっただろうか
「…十束、どないした？」
通話口の奥から届くのは
夜風の音と
それから
苦しげな息遣い
「十束？」
《…くさなぎ、さん》
端末を握った草薙の手に汗が滲む
冷静さを保てなかった
明らかに様子のおかしい十束は
“最悪の事態”を嫌でも予想させて
草薙は八田に着いてくるように行ってバーを飛び出す
真冬の夜風は冷たいのに
全身から嫌な汗が流れ落ちる
《俺は、幸福だったよ。
…今でも、そう思ってる》
やめてくれ
誰も、こんなことは望んでいない
咳き込んだ十束に草薙の焦る声が響く
《あはは…
アンナに、ハッピーバースディは言えそうに、ないな。
キングは
怒るかなぁ…》
「十束！
待っとれ、すぐ行くから」
《…うん、待ってる》
心臓が破裂しそうだった
肺が引きちぎれそうだった
苦しい呼吸に
夜風で冷えた喉が
焼けるように痛かった
縺れそうになった脚に叱咤して
紫城はただ走り続けた
こんなに必死に走ったのは初めてかもしれない
目的のビルに入り
足に力を込めると同時に、炎の噴出を利用して階段を一気に駆け上がった
乱暴に開け放った扉は、もしかしたら変形したかもしれない
乱れた呼吸に咳き込み
それでも
「っ、十束!!」
倒れた彼と
夥しい血に
彼ははっきりと彼の名前を呼んで、駆け寄った
仰向けに倒れた彼の傍らに端末が転がり
少し遠くにカメラが落ちていた
揺らすな
止血をしろ
そう判断する頭とは別に
冷静に状況を分析してしまった紫城は
ただ、立ち尽くすことしか出来なかった
「とつ…十束。
ごめん。ごめんっ…」
膝をついて
その手を握った紫城は、何度も何度も、謝罪を繰り返す
手遅れだと、どこか現実と向き合っている自分がいた
「…A…？」
「っ…十束、ごめん、俺…
知ってたのに…！」
「ねぇ、A。
ちゃんと、生きてね」
「は、え…？」
「大丈夫。
Aなら、大丈夫だから」
だから、謝らないで
これは運命だったんだよ
俺は幸せだった
そう言って
目を閉じた十束の手を、1度固く握り
紫城は立ち上がった
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作者名：鍵宮 | 作成日時：2019年7月9日 19時
