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ぱしゃ、と顔に浴びせた冷水が自分の顔の熱を実感させた。湿った指先で傍にかかっていたタオルを探って引き寄せて、僅かに冷えた顔を軽く拭う。鼻筋を覆って色濃く滲む布地から覗かせた瞳が鏡を視界に捉えて、漸くAは自分の顔を見た。すっきりとした視界の中で思い出すのはカルマの昨晩の言葉だ。
自分のことを知りたいと、彼は確かにそう言っていた。その後何か譫言のように口走った気もするが、覚えているのはそこまでだ。声色から本当にカルマは興味本位に近いものを持て余していたのは明らかだった。自分勝手な装いで話していたカルマだったが、Aはその自分勝手なクラスメイトの願いが、純粋に嬉しかった。
何故かはわからない。そう望むのなら応えようと躊躇いなく言える程に、赤い髪から覗く黄金が、彼女の内側を一筋照らしているだけだ。
顔を伝う残りの水滴のむず痒さに頭を振って、Aはタオルを顔面に押し付けた。僅かな息苦しさの中、布一枚隔てた先の手の微かな震えが伝わってくる。いやに緊張を覚える自分を表す指先を抑えるようにぎゅうと固く拳を握り締める。どくどくと常より脈の大きい心臓の鼓動も、一つ落とした深呼吸が重いのも、きっと熱のせいだけではない。
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恐らく一昨日から持ち主に置いてきぼりにされていた洗面台の眼鏡をかけたAがリビングに戻ると、長い間居座っていたらしいソファの半分が足を組んだカルマに占領されていた。端末を弄っていた手が止まって、ぱちりと視線がぶつかる。居心地悪そうに裸足の指を丸める彼女に、カルマは無言で自分の隣の座面を空いた手で軽く数度叩いた。促されるまま足を進めて浅く腰を下ろした。暇を持て余す両の手の指を組んで、横目にちらと家主を見遣ってすぐ目を自分の指先に戻る。
心臓の鼓動が前のめりに雪崩れ込む。眼鏡のおかげでより明瞭になった視界がくらくらと歪んだ。絡まった指を解き、唾を飲み込む喉が訴える痛みを堪えて、Aは静寂を破った。
「ぁの、カルマ君……」
「さっきの続きだけど」
しかし、あっさりと会話の主導権が彼女の声を遮ったカルマに奪われる。借り物のシャツに、解けた指先が皺を刻んだ。
「……うん」
顔を洗いたいから、と先延ばしにしたことだとすぐに察したAも、小さく首肯して話を待った。
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窓(プロフ) - 星咲夜空@スマホさん» コメントありがとうございます!これから浅野さんがどうなるのか、他のキャラクターとの絡みも含めて楽しく読んでいただけるよう更新頑張りますので、気長にお待ちください!! (2022年6月26日 19時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
窓(プロフ) - カミレさん» コメントありがとうございます!浅野さんがこれからどうなるのか、私自身決めかねている部分もありますが最後まで楽しんでいただけると幸いです……!! (2022年6月26日 18時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
星咲夜空@スマホ(プロフ) - あ、浅野さんー!が、がんばれー!これ続きが気になる……どうなるのこれ…… (2022年6月1日 22時) (レス) @page21 id: 2efeb2cec1 (このIDを非表示/違反報告)
カミレ(プロフ) - 胸が痛いです。すごく、すごく、浅野さんの気持ちが痛いくらいに伝わってきます。がんばって浅野さん!! この作品本当に大好きです!丁寧な描写がすごく好きです! (2022年5月31日 9時) (レス) @page20 id: ac25ff3042 (このIDを非表示/違反報告)
窓(プロフ) - 猫さん» 遅れてしまってすみません、コメントありがとうございます!更新が滞っていますが楽しんでいただけると嬉しいです! (2022年4月19日 22時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:窓 | 作成日時:2022年3月22日 20時