赤羽君は浅野さんが気になる#5

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　口には出さず、冗談か考えすぎでしょとカルマは胸中に言葉を留めた。Aが放課後に居残って教員室で勉強を教わっている回数は、彼の知る限りでも両手の数を指折っても足りない。好いていない相手の元に足繁く通いはしないだろう、思うだけにしてふうんと相槌を打って返した。

「あまりカルマ君に負担をかけたくないですが、浅野さんをよろしくお願いします」

　カルマの逡巡の間に玄関に放っていたレインコートを回収していた黄色い触手が、皺を伸ばしながら空いた手でベランダの扉を開ける。パンの袋をごみ箱に突っ込んでから、彼の足が殺せんせーの方へと向かった。

「何かありましたらすぐきますので、連絡をお願いします！」

　言うが早いか、レインコートを纏った殺せんせーは小雨の曇天へと文字通り姿を消した。加速度的な超スピードは、微かな残像と風を残していったが、それらも数秒とかからずに萎んでいく。もう点にすら見えないであろう担任の消えた雨空を一瞥して、カルマはベランダのガラス戸を閉めた。


　さて、と気を取り直した彼の瞳がソファへと移る。素足がフローリングをぺたぺたと踏みしめ、ソファ傍のカーペットまで来たところで胡坐を組んだ。顔を火照らせたままのAの眉がへにゃりと眉尻を吊り下げて、より近くで見た顔立ちはどこか普段より幼い。


　一日にも満たない時間で、この数か月片鱗も見たことのない彼女の表情を見た。今の寝顔も含めて、それらは幼いというより、追い詰められてやっと年相応に近くなった方が正しい。

　外を濡らす音を背景に、カルマは目覚める様子のないクラスメイトを見遣る。Aは笑えと言っていたが、彼には毛頭そのつもりはなかった。笑ったり同情できる程、自分は彼女のことをよく知らない。


「……聞くなって言われたの、父親のことだけだよね」

　電話で刺された釘の隙間を縫って、返事が戻る筈のない問いかけが天井にぶつかる。それは学秀だけではない。今まで敢えて引き際を弁えて出自を聞かなかった自分が、彼女の殻を破る為に自ら背中を押す言葉でもあった。



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「……っ!!」

　耳を刺す水滴の音が、三度鼓膜を伝ったところでAの目がばちりと開いて薄暗い天井を映した。外の雨音と起きてすぐで焦点の合わない天井を理解した後、内側から金槌で脳を揺さぶられるような感覚が彼女を起き上がらせようとしない。幾らか治りかけた頭痛に、僅かにぐらつく体を叱咤して起き上がった。


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