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生憎と来客の少ない赤羽家には、客用の布団というものがなかった。カルマ自身家の中まで招き入れる程の信頼に値する友人は皆無に近く、彼の両親に至ってはむしろ自ら国境を越えて飛び出してばかりなのだからそれも仕方ないのだろうが。
ぐったりと体を預けてくるAをカルマはソファに寝かせる。段々と症状が悪化しているのか、赤らんだ顔で吐き出される寝息はどこか不規則で、熱い。
寝そべるAと同じ目線の高さに膝を突いたカルマだったが、程なくして立ち上がった。原因は何であれ彼女の症状は十中八九風邪そのものだ。体温計や体を温めるもの、水分も摂らなければならないだろうと腰を浮かせたところで、中空で彼の動きが止まる、止められる。
くん、と引かれたシャツの裾の先、ほんのひとつまみだけ控えめに握った手が目に入った。子供のように縋りつく握り拳に、カルマの視線が自ずと上へ上へ上っていく。顔が見たい、好奇心にも似た感情を抱えた彼の表情は望み通り彼女の顔────音もなく目尻から涙を滑らせるAの顔を見て強張った。
「っ」
「…………ぅ、……ん……」
言葉を詰まらせたカルマは、直後に唸った少女に息を潜めた。夢見が悪いのか、眉尻を下げたAの僅かに開いた唇から拭けば跳ぶような音が漏れ出る。枯れない涙がはたはたと皮膚を伝ってソファに染みていく。
浅野さん、と呼びかけて掠れた息が空気を震わせた。着替えすらままならない人間は寝かせておいた方がいいだろうと俯瞰する自分と、苦悶の表情を浮かべさせたくない思いに駆られる自分が、冷えた指を空に浮かせたままにする。
眠るAのことを、カルマはなにも知らない。意外と喧嘩に強いとか、甘い物が好きだとか、
その彼女が、剥き出しになったこころを土砂降りの中で露にしたのだ。堪えていたものが限界を越えただとか、原因は何であれ仕舞い込んだAの何かを引きずり出す機会はまたとないのではないか。伸ばしかけた手を握り拳にしたカルマが、決心を固め黄金色の瞳をきゅっと引き締める。
玄関の向こう側で、軽快な呼び鈴が来客を告げたのはその直後だった。
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窓(プロフ) - 星咲夜空@スマホさん» コメントありがとうございます!これから浅野さんがどうなるのか、他のキャラクターとの絡みも含めて楽しく読んでいただけるよう更新頑張りますので、気長にお待ちください!! (2022年6月26日 19時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
窓(プロフ) - カミレさん» コメントありがとうございます!浅野さんがこれからどうなるのか、私自身決めかねている部分もありますが最後まで楽しんでいただけると幸いです……!! (2022年6月26日 18時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
星咲夜空@スマホ(プロフ) - あ、浅野さんー!が、がんばれー!これ続きが気になる……どうなるのこれ…… (2022年6月1日 22時) (レス) @page21 id: 2efeb2cec1 (このIDを非表示/違反報告)
カミレ(プロフ) - 胸が痛いです。すごく、すごく、浅野さんの気持ちが痛いくらいに伝わってきます。がんばって浅野さん!! この作品本当に大好きです!丁寧な描写がすごく好きです! (2022年5月31日 9時) (レス) @page20 id: ac25ff3042 (このIDを非表示/違反報告)
窓(プロフ) - 猫さん» 遅れてしまってすみません、コメントありがとうございます!更新が滞っていますが楽しんでいただけると嬉しいです! (2022年4月19日 22時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:窓 | 作成日時:2022年3月22日 20時