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「……でも、頑張っても、結局何も言えませんでした」
まあるい目に視線を遣っていたAは、上向いていた顎を引いて視界から殺せんせーを外した。まっすぐ見つめられるというのは、慣れも不慣れもあって居心地が悪い。それに、朝にも一度された問いへの答えを出すこともままならなかったのだ。
二の足を踏んだ自分を嘲って薄い唇の端を歪ませる彼女の髪を、頭の天辺に乗せられた触手が撫でた。
「…………正直に言いますと、浅野さんが面談で流されないか心配でした。君は周りがよく見える分、気を遣って自分の意見を後回しにしがちでしたから」
「後回しだなんてそんな……私はただ、自分の意見を持ってないだけですよ」
「君がそう思っているからこそ、先生は嬉しかったんです」
「え?」
目を細めて頷く殺せんせーと対照的に、立ちん坊だったAは訝しんで首を傾げる。理解の範疇に及ばない、とでも言いたげな表情すら予想していたのか、先生の朗とした声が教員室の陰鬱に風を通す。
「自分の意志がない、そう自覚すればする程意見は口に出さなくなってしまうものです。ですが、今日の浅野さんははっきりお母さんの勧めを断っていましたね」
「っでも、……でも、先生が朝にも同じことを仰っていて答えを出す時間なんていくらでもあったのにああいうしかできなかったんですよ、」
教師の触手を振り払うように頭が緩く振られた。転がり出た言葉が鋭く研がれ、持ち主に翻る。戒めなければ、罰せなければいけないと脳の奥で誰かが叫んでいる、気がした。折り曲げていた指が更に強く握り込まれる。
「────それでいいんです。そこから始めていけばいいんですよ、浅野さん」
段々と床に視線を落として項垂れかけていたAに、もう一度触手が伸びる。
「全てを一度にできるようにしなくてもいい。どんなに小さくても積み重ねていけば必ず何かが残ります。結果か、あるいは経験か……
君は今、確かにその一歩を踏み出したんですよ」
「せんせー……」
ほんの僅か、その目を向けられた殺せんせーですら見逃す程の一瞬、縋るような目に、Aは密やかに驚きを現していた。教師に対してそんな目を──手を差し伸べてほしいと齧りつく目を向けたのは、
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窓(プロフ) - 星咲夜空@スマホさん» コメントありがとうございます!これから浅野さんがどうなるのか、他のキャラクターとの絡みも含めて楽しく読んでいただけるよう更新頑張りますので、気長にお待ちください!! (2022年6月26日 19時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
窓(プロフ) - カミレさん» コメントありがとうございます!浅野さんがこれからどうなるのか、私自身決めかねている部分もありますが最後まで楽しんでいただけると幸いです……!! (2022年6月26日 18時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
星咲夜空@スマホ(プロフ) - あ、浅野さんー!が、がんばれー!これ続きが気になる……どうなるのこれ…… (2022年6月1日 22時) (レス) @page21 id: 2efeb2cec1 (このIDを非表示/違反報告)
カミレ(プロフ) - 胸が痛いです。すごく、すごく、浅野さんの気持ちが痛いくらいに伝わってきます。がんばって浅野さん!! この作品本当に大好きです!丁寧な描写がすごく好きです! (2022年5月31日 9時) (レス) @page20 id: ac25ff3042 (このIDを非表示/違反報告)
窓(プロフ) - 猫さん» 遅れてしまってすみません、コメントありがとうございます!更新が滞っていますが楽しんでいただけると嬉しいです! (2022年4月19日 22時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:窓 | 作成日時:2022年3月22日 20時