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は、はは、と短く笑うAが、ゆるゆると視線を地面に落とす。目を細めた彼女の口の端が、不器用に引き攣った。瞼ごと眼球を押し潰す圧迫感を受け流しながら笑顔を象る彼女が眼前の二人を見やる。
「ねっびっくりでしょ、笑えるよね」
「浅野さん」
「何で二人ともそんな顔してるの? もっと笑い飛ばしてくれていいのに!」
「ちょっと」
群れをなす雨足に叩きつけられた傘がばらばらと鈍い音を立てて揺れる。紛れ込んだカルマの声を気にも留めず、Aは乾いた笑いを促しながらアスファルトに転げ落としていくだけだ。
「笑ってよ、笑えるでしょこんなの」
往来の車の音が、ざあざあと唸る雨音に消えていく。自分以外の笑い声は聞こえない。
「わらってよ、ね。ふふ」
戦慄いた指先が、水を吸って重いブレザーの裾を強く握り込んだ。額から伝った水がまろい頬を滑る。自分以外の笑い声は聞こえない。
「何で、わらってくれないの」
血流がごうごうと頭を打ち鳴らして、雨音もフェードアウトしていく。自分以外の笑い声は聞こえない。
「なん、で……なんでなんでなんでなんで! 笑ってよ!! 私は馬鹿だって、いって……!!!!
わらいとばしてくれないと、私、わたし…………!!」
その先を言えず、少女は膝を抱え蹲った。続けてしまえば、受け入れなければならないとわかっていたからだ。笑い事ではない自分の出自を誰かに冗談だろうと否定されなければ、向き合わなければいけないと理解していたからだ。
ブレザーの中に仕舞い込んだ鞄に擦り付けた前髪が歪む。吐き気を催す頭痛を和らげようと、こめかみに押しつけた両手が冷え切った耳に触れた。傘の外で地面を跳ねる雨音が激しくなる。
反響を重ねる苛烈な雨が、全てをシャットアウトした。自虐的な笑みが、水溜まりの底で歪に滲む。
「…………なにもっ、もう何も、聞こえないよ……」
周囲の音に消え入る声が溢れる。人目を厭わず、耳を塞いで俯くその行動は、"逃避"だった。他人から、家族から、現実から目を背ける些細な、A自身気付かないものだった。
「浅野さん、」
丸まったクラスメイトに、頭上から声がかかる。肩で息をする彼女にはそれも認識できていなかった。それを知ってか知らずか、Aの目の前に陣取った少年は、触れもせず彼女を呼ぶ。
「────逃げ道、作ってあげようか」
誰にも気付かれない望みだった。ただ一人、カルマを除いて。
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窓(プロフ) - 星咲夜空@スマホさん» コメントありがとうございます!これから浅野さんがどうなるのか、他のキャラクターとの絡みも含めて楽しく読んでいただけるよう更新頑張りますので、気長にお待ちください!! (2022年6月26日 19時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
窓(プロフ) - カミレさん» コメントありがとうございます!浅野さんがこれからどうなるのか、私自身決めかねている部分もありますが最後まで楽しんでいただけると幸いです……!! (2022年6月26日 18時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
星咲夜空@スマホ(プロフ) - あ、浅野さんー!が、がんばれー!これ続きが気になる……どうなるのこれ…… (2022年6月1日 22時) (レス) @page21 id: 2efeb2cec1 (このIDを非表示/違反報告)
カミレ(プロフ) - 胸が痛いです。すごく、すごく、浅野さんの気持ちが痛いくらいに伝わってきます。がんばって浅野さん!! この作品本当に大好きです!丁寧な描写がすごく好きです! (2022年5月31日 9時) (レス) @page20 id: ac25ff3042 (このIDを非表示/違反報告)
窓(プロフ) - 猫さん» 遅れてしまってすみません、コメントありがとうございます!更新が滞っていますが楽しんでいただけると嬉しいです! (2022年4月19日 22時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:窓 | 作成日時:2022年3月22日 20時