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嗚咽を堪えながらも、Aは息を潜めたままだった。衝動のまま二人に問うて、頷かれてしまうのが恐かったからだ。細くなる呼吸に酸素が回らず酷い頭痛が追い打ちをかける中、彼女の耳はいまだ続く二人の会話をつぶさに拾い上げていた。
「いつ浅野さんが帰ってくるかわからないんですから、あまり大声で言わない方がいいですよ」
「……そうね、そろそろ帰る時間かしら」
學峯の言葉に、Aは一層身体の芯が冷えていくのを感じた。脳を打つような、自分の出自を揺るがすようなことを、二人はひた隠しにしていたのだ。彼女が物心ついてから今までの十年足らず。
では、
Aの脳裏を過ったのは、この密談の渦中である
自分が一番Aのことを知っていると豪語していたのは彼自身だ。彼の知る何かを知りたい。彼女は学秀と話がしたかった。
「────父親のことも、まだ伝えてないのでしょう」
そろそろと立ち上がりフローリングに靴下を滑らせていたAを、學峯の言葉が止めた。唐突に変わった話題に思わず意識がそちらへ逸れる。
父親。そう聞いたAの頭ががんがんと脈打った。聞くなと知らない自分がざわついている。その警鐘の意味など知る筈もなく、眉間に組んだ指を食い込ませたまま彼女は動けなかった。
「ええ……もし、もしもよ? AがE組にずっといるなら外部受験も避けられないわ。
あの人がもう二年も前に亡くなったこと……今伝えるべきじゃないことは貴方にもわかるでしょう」
頼子の言葉に、赤紫の目が零れんばかりに見開かれた。意味を咀嚼する前に、黒縁に囲まれたAの視界が訳もわからず滲む。雨粒の残るレンズが一滴、また新しく濡れた。
胸が焼ける。頭が痛い。熱い。寒い。肺が握り込まれたかのように、嗚咽混じりの浅い息が短く繰り返される。
ひとところに纏まるように、Aは湿った鞄を抱き込んだ。聞いてはいけないことを聞いてしまった、と罪悪に苛まれるのもあるが、一刻も早くこの場を去って全て忘れたかった。
緊張の走る足を叱咤して引かせると同時、鞄の紐が肩から抜けて、床に叩きつけられ鈍い音で転がった。
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窓(プロフ) - 星咲夜空@スマホさん» コメントありがとうございます!これから浅野さんがどうなるのか、他のキャラクターとの絡みも含めて楽しく読んでいただけるよう更新頑張りますので、気長にお待ちください!! (2022年6月26日 19時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
窓(プロフ) - カミレさん» コメントありがとうございます!浅野さんがこれからどうなるのか、私自身決めかねている部分もありますが最後まで楽しんでいただけると幸いです……!! (2022年6月26日 18時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
星咲夜空@スマホ(プロフ) - あ、浅野さんー!が、がんばれー!これ続きが気になる……どうなるのこれ…… (2022年6月1日 22時) (レス) @page21 id: 2efeb2cec1 (このIDを非表示/違反報告)
カミレ(プロフ) - 胸が痛いです。すごく、すごく、浅野さんの気持ちが痛いくらいに伝わってきます。がんばって浅野さん!! この作品本当に大好きです!丁寧な描写がすごく好きです! (2022年5月31日 9時) (レス) @page20 id: ac25ff3042 (このIDを非表示/違反報告)
窓(プロフ) - 猫さん» 遅れてしまってすみません、コメントありがとうございます!更新が滞っていますが楽しんでいただけると嬉しいです! (2022年4月19日 22時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:窓 | 作成日時:2022年3月22日 20時