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「……ぁ、え?」
ずくずくと痛む頭が噛み砕く言葉の突拍子のなさに、息に交じって消えかけた声がフローリングに落ちた。口の端が不自然に上がってひく、と浮かんだ歪な笑みを滑稽だと自分の中で自分が嘲っている。
弟、って何。劣る姉、って誰のこと。二人は誰と誰のことを話しているの。
鞄の紐を握る指先が白んで、震える。酸素が上手く回らない頭で思考だけが勝手に先走り発しかけた嗚咽をAは咄嗟に手で押さえ込んだ。先の問いへの答えに数瞬で辿り着いたというのに、違うそんな筈ないと何かが強く反発する。胸の内が學峯と頼子の会話に訳も分からず煮えるのに、体中から血と体温がさあっと引いていく、気がした。
質の悪い冗談だ、と笑い受け流すことはできなかった。彼女の知る限り二人はそんなジョークを好まないし、そもそもAの帰宅に気付いていない中でわざわざ嘯く内容ではない。
何より、二人の声は張った空気の中でさも当然のことのように真実味を帯びていた。耳聡い彼女には余計に偽りのないことがわかってしまう。つまり、それは、
私と学秀君がいとこじゃなくきょうだいで、でもいとこで、それで、だから顔も似てて、じゃあ私は、私達はどっちの、
吐き気すら催す思考に、喉の奥がぐうと唸る。床がぐにゃぐにゃになっている気さえして、踏ん張るのが精一杯だった。
ずっと、まことしやかに陰で言われてきたことへの、一つの答えだった。
思い出されるのは、苦い記憶ばかりだ。親戚に、同級生やその親に、周囲の人間の好奇、時には悪意に満ちた声を振り払って否定してきたのに、今更それが正しかったなんて、信じたくもなかった。
付随するように、こみ上げてきた、堪えてきたともいえる感情が記憶と共に雪崩れ込む。声だけではない、フラッシュバックのように思い起こされるのは、やはり苦々しいものだけだ。
幼い頃からの記憶に無理矢理蓋をしていたのを、Aは初めて自覚させられた。
「うぅ……」
頭痛と混濁して明滅する中、小さく呻いたAはとうとう膝を折る。祈るように合わせた両手を額に押し当てた。許しを乞うように座り込んだ娘、あるいは姪を知る由もなく、扉一つ挟んだ先の会話はつつがなく進む。何でもないような平坦な二人の話しようが余計現実を彼女に叩きつけた。
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窓(プロフ) - 星咲夜空@スマホさん» コメントありがとうございます!これから浅野さんがどうなるのか、他のキャラクターとの絡みも含めて楽しく読んでいただけるよう更新頑張りますので、気長にお待ちください!! (2022年6月26日 19時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
窓(プロフ) - カミレさん» コメントありがとうございます!浅野さんがこれからどうなるのか、私自身決めかねている部分もありますが最後まで楽しんでいただけると幸いです……!! (2022年6月26日 18時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
星咲夜空@スマホ(プロフ) - あ、浅野さんー!が、がんばれー!これ続きが気になる……どうなるのこれ…… (2022年6月1日 22時) (レス) @page21 id: 2efeb2cec1 (このIDを非表示/違反報告)
カミレ(プロフ) - 胸が痛いです。すごく、すごく、浅野さんの気持ちが痛いくらいに伝わってきます。がんばって浅野さん!! この作品本当に大好きです!丁寧な描写がすごく好きです! (2022年5月31日 9時) (レス) @page20 id: ac25ff3042 (このIDを非表示/違反報告)
窓(プロフ) - 猫さん» 遅れてしまってすみません、コメントありがとうございます!更新が滞っていますが楽しんでいただけると嬉しいです! (2022年4月19日 22時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:窓 | 作成日時:2022年3月22日 20時