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駐車場の方を振り向くAは、帰国してから頼子が乗っていた車を確認してから再びドアに手をかけた。まず彼女が考えたのは泥棒の可能性だ。傘を外に立てかけて、用心深くドアを開ける。
隙間に身体を滑り込ませて、鍵はせず扉だけ慎重に閉めてから、彼女の視界が見慣れない靴を捉えた。端に寄せてある頼子のものよりも大きいサイズでこの天気だというのに磨かれて艶の残る革靴は、三和土の中で一層浮いている。
「……あぁ、理事長か」
しかし、それに見覚えのあったAは拍子抜けに安堵の息を零すと同時に、一抹の不安が彼女を過った。彼がここを訪れることは両の手で十分足りる程度だ。わざわざ足を運ぶなど何か重大なことがある時だけなのだろうし、その何かにこの数日で心当たりがあったAは帰宅の挨拶もなしに音一つ立てず靴を脱ぐ。
「──さんのことですが、」
リビングに通じる廊下の方から耳に飛び込んできた學峯の声に、彼女の足が止まったのは同時だった。
「本校舎への復帰は私も勧めましたが、本人が望んでいないので保留という扱いにしています。いつでも戻る手続きはできますが」
「椚ヶ丘が自主性を尊重しているのはE組の先生からも聞いたわ。でも、あの子があそこにいるのはあまりにも分不相応でしょう?
Aの実力なら学秀君とだってお互いに高いレベルで競えるのだし」
予想通りというべきか、やはり自分の話かとAは立ち止まったまま耳を傾ける。面談の日以降言われたことには違いないが、母親の逸った声色に背を向けることができなかった。息を潜めている間にも、二人の話は続いていく。
「昔から色々と学秀君に敵わなかったけど、あの子にだってきっと一番になる力はある筈よ。だから」
「こう言っては失礼になるかもしれませんが、二人を競わせることに固執しているのは頼子さんでは?」
彼女の価値がそこにしかないような様子ですが、と続けた學峯の硬い声が彼女の言葉を遮った。リビングと廊下を繋ぐ扉は半端に開いているのか、頼子が我慢ならないように息を震わせるのが聞こえる。激昂を思わせる兆しにAは耳を塞ぎたくなった。脳髄が、あるいは直感がこれから先は聞きたくない、聞いてはいけないと彼女を急き立てるが、それよりはやく母親の声が噴火口から溢れ出た。
「固執? まさか、私はもっとAに頑張ってもらいたいだけなのよ……
それに、弟に何もかも劣る姉がいるなんてありえないでしょう!」
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窓(プロフ) - 星咲夜空@スマホさん» コメントありがとうございます!これから浅野さんがどうなるのか、他のキャラクターとの絡みも含めて楽しく読んでいただけるよう更新頑張りますので、気長にお待ちください!! (2022年6月26日 19時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
窓(プロフ) - カミレさん» コメントありがとうございます!浅野さんがこれからどうなるのか、私自身決めかねている部分もありますが最後まで楽しんでいただけると幸いです……!! (2022年6月26日 18時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
星咲夜空@スマホ(プロフ) - あ、浅野さんー!が、がんばれー!これ続きが気になる……どうなるのこれ…… (2022年6月1日 22時) (レス) @page21 id: 2efeb2cec1 (このIDを非表示/違反報告)
カミレ(プロフ) - 胸が痛いです。すごく、すごく、浅野さんの気持ちが痛いくらいに伝わってきます。がんばって浅野さん!! この作品本当に大好きです!丁寧な描写がすごく好きです! (2022年5月31日 9時) (レス) @page20 id: ac25ff3042 (このIDを非表示/違反報告)
窓(プロフ) - 猫さん» 遅れてしまってすみません、コメントありがとうございます!更新が滞っていますが楽しんでいただけると嬉しいです! (2022年4月19日 22時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:窓 | 作成日時:2022年3月22日 20時