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頬を滑っていた指がぴた、と動きを止める。が、すぐに手ごとおろしたAはまた首を傾げる。
「何かって何のこと?」
「わからないから聞いてる」
「……別に、何もされてないよ。皆親切だし」
「じゃあおばさんに何か言われたのか」
ついと目を逸らして髪を梳いた耳に、尖った学秀の声が刺さる。雲間を見せる様子のない雨空に目を上げると、倣って彼も顔を上向かせた。傘二つある妙な雨宿りの中、Aもつられてトーンの下がった声色を連ねる。
「……学秀君は、お母さんのこと、その……あんまり、好きじゃない、苦手?」
機嫌を損ねるというより、憂いを纏わせた音だった。辿々しく紡いだ言葉は、うすぼんやりと気付いていた答えを聞きたくなかったからだ。
「…………そうだな。あの人のことは……はっきり言って好きじゃない」
彼女の些細な抵抗すら、隣の少年は容易く振り払ってしまう。軒先から漏れた雨粒が、コンクリートに叩きつけられて鼓膜を彼の声と共にうわんと揺らした。そんなAの内情を知ってか知らずか、学秀は腕を組んで体育館の外壁に背を預けて続ける。
「仕事でAを放ったらかしにしているし、随分と見栄張りじゃないか」
「海外で仕事してるんだから仕方ないじゃん。それに見栄だなんて……っ
大体、お母さん達の仕事のことなんて学秀君には関係ないでしょ」
「関係なくとも見ていて不快なんだよ」
「っじゃあ……じゃあ私とも関わらないでよ、それならお母さんとも接さないで不快な思いもしなくて済むじゃん」
「僕はAのことは気に入っているから傍にいたいし、おばさんのいいようにされているのが気に食わないんだ! だから一緒にいたいんだよ!」
荒げた声に肩を竦ませたAも、流れに呑まれずぐっと唇を噛み締めてから口を開いた。
「いいようにって……私が操られて生きているとでも言いたいの!?」
「実際そうだろう! 都合のいいように敷かれたレール歩かされているだけだって何で気付かないんだ!!」
「違う……違う違う違う!! お母さんがそんなことするわけない! だってそれじゃまるで……」
──まるで、私を私として見てくれていないみたいじゃない
勢い余って出かけた言葉を、寸でのところでAは堪えた。自分で言ってしまったら、それを認めてしまう気がした。
中途半端に噤んだAの言葉を最後に、舌戦が鎮まった。背景の雨音が、鏡合わせに向き合った二人の周囲を冷やしていく。
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窓(プロフ) - 星咲夜空@スマホさん» コメントありがとうございます!これから浅野さんがどうなるのか、他のキャラクターとの絡みも含めて楽しく読んでいただけるよう更新頑張りますので、気長にお待ちください!! (2022年6月26日 19時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
窓(プロフ) - カミレさん» コメントありがとうございます!浅野さんがこれからどうなるのか、私自身決めかねている部分もありますが最後まで楽しんでいただけると幸いです……!! (2022年6月26日 18時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
星咲夜空@スマホ(プロフ) - あ、浅野さんー!が、がんばれー!これ続きが気になる……どうなるのこれ…… (2022年6月1日 22時) (レス) @page21 id: 2efeb2cec1 (このIDを非表示/違反報告)
カミレ(プロフ) - 胸が痛いです。すごく、すごく、浅野さんの気持ちが痛いくらいに伝わってきます。がんばって浅野さん!! この作品本当に大好きです!丁寧な描写がすごく好きです! (2022年5月31日 9時) (レス) @page20 id: ac25ff3042 (このIDを非表示/違反報告)
窓(プロフ) - 猫さん» 遅れてしまってすみません、コメントありがとうございます!更新が滞っていますが楽しんでいただけると嬉しいです! (2022年4月19日 22時) (レス) id: 1c42528565 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:窓 | 作成日時:2022年3月22日 20時