epi.12 昔話 ページ13
Your side
一番最初に違和感に気付いたのは、浪人生の時だった。
左耳がおかしい。
突然、左だけ飛行機に乗った時のように、あるいは新幹線でトンネルに入った時のようにこもる、いわゆる耳閉感と呼ばれる状態になるのだ。
初めはそこまで気にしていなかったのだが、段々とその頻度が増え、更には耳鳴りもするようになって来たので、思い切って耳鼻科に行ってみた。
結局原因は分からなかった。
その後、大学に入学した頃には薬のおかげで耳鳴りなどの症状は治まってきていたものの、左耳だけ徐々に聴力が落ちてきていた。
もう既に、右側の7割程度しか聴こえていない。
本当に原因が分からなかった。
けれど、そんな事を周りに言えるはずがなかった。
だって、私は耳が良い事になってるし。
だから、この話はたぁ兄と大学の一部の先生にしかしていない。
親にさえ、まだ言えていないのだ。
幸い、右耳と左耳の残された聴力、そして長年の勘で、学業には大きな影響なく今までやってくることが出来たが、演奏家になるのは厳しいという事実は受け入れざるを得なかった。
だから元々、大学卒業後は何か音楽以外の仕事を探すつもりでいた。
「もしかしたら今度の撮影の内容次第じゃQuizKnockにスカウトされるかもね。」
『ハハッ、ありがたい話だわ。』
なんて冗談めかして返したが、そうなってくれたら正直結構本気でありがたい。
「まぁ、楽しみにしてるよ。」
と微笑む彼は、私の覚悟にどこまで気付いているのだろうか。
『…ねぇ、今日、うちで飲みません?』
「奇遇だね。僕も同じ事を考えていていたよ。」
『じゃ、スーパー寄って帰ろ。夕飯も食べてくでしょ?』
さて、今日は何を作ろうか。
将来への漠然とした期待や不安は色々あるが、今は自宅の冷蔵庫の中に何があったのかを思い出すことに専念することにしよう。
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作者名:きゃる | 作成日時:2021年9月10日 10時