follow my hand (ページ6)

今日:7 hit、昨日:1 hit、合計:30,757 hit

『follow my hand』izw ページ6

.

テレビ局で収録中の伊沢さんからオフィスに連絡があったのは昼の１時過ぎ。

収録に必要な忘れ物を届けに行くというお使いに、丁度仕事が一段落していた私が抜擢された。

「忙しいのに頼んじゃってごめんね、これなんだけど」

ふくらさんからとある本を受け取って、目的のテレビ局まで電車を乗り継いで向かった。

《あと十分程度で到着すると思います》

普段個人的に連絡することも少ない伊沢さんに、事務的なラインをするだけでも何故か特別なものを感じてしまいながらスマホをポケットにしまう。

その直前。

振動した携帯を、また目の前に戻した。

《悪い、局前のベンチで待ってて》

簡潔なライン。でも、返信が遅すぎることで有名な伊沢さんからの早速の返事に少し驚きつつ、嬉しくなってしまうのを隠せずに口元が緩む。

伊沢さんと私は、一会社の社長と社員という関係でしかない。

しかし、密かに気持ちを寄せていることは誰にも言えず、心静かに、ただこうしてたまに訪れるいくつかの偶然に、一喜一憂しながら過ごす毎日。

私だけが、面と向かって伊沢さんに会える今日という日は、私にとって過去最大のご褒美のようなものだ。

駅からテレビ局に向かう道を確認しながら、少し浮き足立った気持ちで到着する目的地。

だが、伊沢さんに指定されたテレビ局前のベンチとは、どれを指すのだろうか。

無数にあるベンチを目にしてしまい、呆然と立ち尽くす。

迷いながら、大きすぎるテレビ局の前を行ったり来たりしていると、不意に聞き覚えのある声が背後から近付いて来た。

「A～！ごめんごめん！迷わせたよな、指定する場所が悪かったわ」

撮影の合間なのだろう、いつもとは違い綺麗にセットされた髪と衣装が新鮮に映る。

申し訳なさそうに笑った伊沢さんに内心少しドキリとしていたが、自分の目的を思い出して慌ててカバンを探った。

「これ…」

緊張感から、多少声を上ずらせてしまって焦ったが、ふくらさんから預かった書籍を出すと伊沢さんはパッと笑顔になった。

「あーこれこれ！今日の収録で紹介しなきゃなんないのにオフィスで読み返してそのまんまにしてたんだよ。ほんと助かったわ。ありがとな」

「いえ、お役に立てて良かったです。じゃあ、収録頑張って下さい」

憧れの人のあんな笑顔を、私だけが見られるなんて。

幸せすぎる。

にやけそうになる顔を隠すように頭を下げて、もう一度きた道を引き返そうとした時、また声をかけられた。

.