褪色する春＿skab

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その表情に、なんでか泣きたくなるような、何かが込み上げてくるような、どうにも上手く表現できない感情が湧き上がる。


「さくま、」


俺が名前を呼んだ、その時。
俺の頭へ置かれた手に力がこもるのが分かった。
それから佐久間が上半身を起こすから、自然と顔の距離が近付く。
目を見つめられて、そこから視線を逸らせなかった。

何、これ。
だってこのままじゃ…、でも目を見られてるってことは、佐久間はここにいる俺ではなく、姉を思い出してるってことなんだろうか。
…だとしたらあまりにも胸の辺りがキリキリと痛むけど。
でもこのまま身をゆだねて、代わりにキスくらいしても良いのかもしれない。
だって俺のままじゃ、キスの一つも叶わないから。

どんどん顔が近付いて、その距離にピントが合わなくなる。
全部が妙にゆっくりと感じられて、俺もそっと目を閉じた。
ヴーヴーという着信を告げる振動音に、驚いて目を開けるまでは。


「っ、」
「ごめん俺だ。」


佐久間のスマホに着信がきていた。
ベッドに放られていたそれを佐久間が手に取る。
頭を解放された俺も佐久間の上から退いた。
結局俺らの唇は、触れ合わずして終わった。
…何してんだろ、俺。


足元を見れば昨日使った充電中のゲームが、充電をしているコンセントごと転がっていた。
どうやらこのコードに足を引っ掛けたみたいだった。
ゲームは無事そう、かな。
どちらにせよ佐久間のじゃなくて、俺のやつで良かった。
そんなことを思いながら片付ける。


「火曜日？
うん、大丈夫。
何、デート？
…へえ、ヤバいじゃん。
うん、分かった。
はーい。」


佐久間はわりとすぐに電話をきった。
何かのスケジュールの話みたいだったけど。


「バイトのシフト、交換してくれだってさ。」
「そうだったんだ。
あ、俺お昼のためにスーパー行きたかったんだ。
準備したら行ってくるね。」


さっきの出来事がやっぱりなんか気まずいというか、コメントのしようも無く。
とにかくなるべく早くこの空間を出ようと思った。


「待って。」


なのに手首を掴まれて、思わずそちらを振り向いた。


「俺も行く。」
「でも、」
「荷物持ちくらいするって、ね？」


そういう優しさも全部、姉にしてたことなんだろうか。

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