＊ ページ15
.
｢……ゾム。その名は、知っています。あの忌々しい男の持つ手札の中で最も危惧するべき脅威｣
目深く被ったフードの奥。並ぶ翠瞳が細まって私を映す。誤解を解いてやらないと、私は次の瞬きの間にはポックリ、逝かれていることだろう。現に私の顔面を抑え込む右手の後ろには、ギラりと光るナイフを握る左手が今か今かと待ち構えていた。
｢諸刃の剣…抜き身の殺意はいずれ、身を滅ぼしますよ｣
｢！ あんた、そこらの鼠とちゃうな｣
｢ええ、"ドブ"鼠なもんで｣
転がされたのは、私が弱者だったから。彼が、狩る側だったから。しかしドブ鼠にも矜恃ってもんがありまして、私はこっそり彼のポケットから拝借した一本のナイフを彼の首横に構えていた。
認めなくてはいけない負けもある。だが諦めてもいい勝負はない。私は負けず嫌いで、そういう所は"あの人"に似たのだと認めざるを得ないだろう。最悪だけど、だからこそ私はまだ生きられている。
｢ゾム。これが、分かりますか。私は敵ではないです｣
｢っへ、｣
｢ッば、な、何しとんねん…！？｣
突き立てたナイフはこれが認知されていなかった時の保険だ。空いた手で私はブチンッとメイド服の胸元をボタンごと大胆に引き裂いた。視界の端で突っ立っていたトントンさまが咄嗟に顔を逸らす。ゾムはと言えば、間抜けな顔をしてジッと晒された肌を見下ろしていた。
｢……やっぱ貧乳、｣
｢見るとこ違うわボケ、ナイフ突き刺しますよってか、やっぱ、ってなに？｣
｢分かっとるって、冗談やん。いや貧乳は冗談やないけど｣
｢こ、ころしたーい。今、スグに｣
いやここで怒り任せにナイフを振るっても、ゾムが私の首を掻き切る方が確実に速い。深呼吸ひとつで何とか怒りを抑え、よく見ろとばかりに破けた胸元を広げた。
右鎖骨の下、そこにあるのは刺青だ。描かれているのは鮮やかすぎる程の赤に縁取られた一輪の薔薇、そして、ひとつの薬莢。これが持つ意味を、さて彼は知っているだろうか。
｢残念やけどそれが何なのか、俺は知らへんよ｣
｢……そう｣
｢でも、信用に値する｣
上がる口角。途端、ゾムの手が私の顔から離れてゆく。くるりと指先で回されたナイフは懐へと収まった。
⎯⎯⎯なんとか、なった。そう安堵したのも、たった一回の溜息が吐き終わるまで。
｢なら今度は、それが何なのか教えてもらおか｣
にんまりと弧を描いた口元に鋭い歯が覗く。今、翠瞳にあるのは純粋な好奇だった。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1146人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
紫紅兎(プロフ) - 夢主ちゃんのキャラがちょうどいい感じに濃くて素晴らしいですね！tntn様との絡みも大変微笑ましいです…過去に何があったのかも楽しみで色々考察しちゃいます、読むたびにマフィアパロって良いなぁと堪らなくなります、更新楽しみにして待ってます (2021年7月3日 1時) (
レス) id: fcae62d2ac (このIDを非表示/違反報告)
リノ(プロフ) - あの………語彙力ないので簡潔にまとめるとですね……………とっっっっっても好きです。 (2021年5月27日 19時) (レス) id: 19366b94fd (このIDを非表示/違反報告)
リュウ - ヤベェおもしれぇですよ(？)更新頑張って下さい！！！！好きです！！！ (2021年5月24日 22時) (レス) id: fa1fb43e66 (このIDを非表示/違反報告)
ぴぷ(プロフ) - 夜空さん» 夜空さん、ｺﾒﾝﾄありがとうございます~~！ かなりｷｬﾗが濃い夢主ちゃんなので尊いとまで言っていただけてとっても嬉しいです！ ゆっくりではありますが更新がんばります~~！ (2021年5月16日 20時) (レス) id: def2dae9c2 (このIDを非表示/違反報告)
夜空(プロフ) - ゆゆゆゆゆ夢主ちゃんが尊い(*´ω｀*) そうゆう性格の女の子の方が私は好きだよ←(何目線??)更新頑張って下さい!!!!! (2021年5月15日 17時) (レス) id: 947663e2d0 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
