四十四話 ページ46
ステージの上で歌い切ったAは、誰の声を聴かずにステージを足早の去る。
誰もがAの歌に魅了され、地震のように歓声が轟くのはAが去った後の話だ。
ふっ、と軽い息を空中に向けて放った俺は、ゴキゴキと首の関節を回す。
まだ肌がビリビリと震え、緊張感が抜けてくれない。若干、声も震えている。汗もAより早くステージに行った人より多く、それはAが完全にステージに対して恐怖心を持っているように見えた。
歌っている最中、よぎったのだ。
自分が前世でここぞというところで失敗し命を落とすところを。
嫌な考えに取り残されそうな錯覚を起こし、Aはぶんぶんと頭を振る。やめだやめだ、嫌なことは詮索しないことがルールだ。そう思い、早く楽屋に行こうとした瞬間。
「ねぇ」
と声をかけられた。
視線を上へもっていくとそこには、美しい人。
「シェ、…シェーンハイトさん…」
俺がそうとぎれとぎれに呟くと、彼はコツコツとヒールを鳴らしながら俺に近づき、小さな小動物なら刺殺できるほどに睨んできた。
「ねぇ、アナタ。ネージュに勝てたの?」
「ネージュさんですか?」
俺はそう答えて、迷う素振りを見せる。やがて沈黙を打ち切ったのはAだった。
「ネージュさんは……歌はすごく上手いです。プロと並べるくらいには」
その瞬間ヴィルさんの表情が曇るが、「ですが」とAは気にせず言葉に続けた。
「彼には覇気がありません」
「歌に対する欲、誰にも負けない自信、見た目が一番美しくとも魅せるのはソコじゃない。彼と一回会いました。彼、すごく素敵な目をしてますね。ですが、勝ちにたいする貪欲な欲は見えませんでした。そういう人は弱いんですよ、自分が境地に立たされた時にどうすればいいのか」
淡々とそう告げる俺にヴィルさんは驚いたように言葉を詰まらせた。
「シェーンハイトさんは、綺麗な目をしてますね。淡い紫の奥に、誰にも見えない野望がある。素敵です。だから、そんなに切羽詰まらないでください。絶対に」
「そう…」
小さく零した彼にらしくないな、と思いながら、俺は手を振り払い楽屋の中に入った。
準備をして楽屋から出たころにはヴィルさんの姿はなかった。
あんなことを言ったものの俺がネージュさんに勝てる確率なんてわからないのに、今更恥ずかしいなと本末転倒だ。
『おつかれ』
そう通知音がなり、懐かしのジジイからくる。
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レオ - とっても面白いです。続きが気になります。 (1月4日 8時) (レス) @page48 id: 8c9a5c91e3 (このIDを非表示/違反報告)
夕闇柳 - たまたま30話見ていてカリムがカルムになっていました。 (11月25日 8時) (レス) @page31 id: a9dd4c9262 (このIDを非表示/違反報告)
ウイ(プロフ) - ふぎょあ、完結されてるんですね…この作品、めちゃ好きです。まだ占ツクにログインしてなかった頃、読みまくってました笑 ねっとり様に届くか分かりませんが、更新、お疲れ様でした。ほんとに本当にこの作品がこれからも大好きです!!!!!! (6月26日 7時) (レス) @page48 id: 154e73901c (このIDを非表示/違反報告)
ねっとり - 雨中猫さん» アカウントを作っていなので急遽この形ですが作者です。コメントありがとうございます。「命に嫌われている」素敵ですよね、番外編でも他の歌とかも書いてみたいので気長に待ってくれると嬉しいです (2022年2月5日 23時) (レス) id: ad0790befa (このIDを非表示/違反報告)
雨中猫 - 主人公ちゃんに命に嫌われている歌ってもらいたいです! (2022年2月4日 19時) (レス) @page27 id: 79b86edfa1 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ねっとり | 作成日時:2022年1月20日 16時