明と暗 ページ8
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『最初はほんまに、ただのファンやったんです。ネタが好きで、劇場にも来たりして』
櫻「うん」
櫻井さんが優しいのを良いことに、自分の過去を語る。
全部話せば、いくらか楽になるのではないかと思った。
『それで、自分も芸人になって。劇場メンバーになったら、これまで遠くにいた“芸人さん”とも簡単に話せる距離になって』
劇場メンバーになりたての頃は、毎日 テーマパークにいるみたいだった。
楽屋に行けば、画面越しで見ていた人がすぐそばにいて、
あわよくば話しかけられちゃったりして。
そんな非日常が楽しくて、それ以上に、憧れの“芸人”になった という事実が嬉しくて、高揚感に浸っていた。
『最初は出番も少ないですし、月に3回ぐらい翔ライブに出るって感じでした。でも、頑張ってたらだんだん出番が増えてきて、休日の寄席にも出させてもらえるようになって、そしたら、“芸人”として初めて和牛さんを見る機会がやってきたんです』
その日のことはよく覚えている。
前々からスケジュールをチェックして、この日は和牛さんと出番が被る、と把握していた。
その日に近づくほど どんどん緊張が増していって、前日は一日中何も喉を通らなかった。
『その日、和牛さんはNGKから漫才劇場に駆け込んできて、息つく間もなく舞台に出て。その漫才を、袖に見に行きました。
そしたら、そんな、ほぼ“飛び出していった”みたいな状況でも、ネタはとにかく完璧で。この人たちと同じ“芸人”を名乗れることが心の底から嬉しかった』
その時、客席から聞こえた大きな笑い声。
きっと、一生忘れないだろうと思う。
『それ以降、和牛さんの出番は絶対 袖で見るようにしました。私たちがするのはコントやし、和牛さんは基本漫才をする。それでも、毎回 嘘みたいにウケてる姿を見て、私もこんなふうになりたい、って思ったのは、本心です。紛れもなく』
舞台で輝く和牛さんの漫才を、暗い袖でこっそりと見る。
それは私にとって勉強であり、趣味でもある。
今でも、その習慣は変わっていない。
『ある日、また そうやって袖から眺めてたら、そのネタ終わりに、話しかけられたんです』
憧れ が、憧れ を超えてしまう。
思えば、そのきっかけが、その時だった。
川西さんと話すことがなければ、近づかなければ、
きっと今でも その人は遠い憧れで。
それでよかったのに、と思うが、
それはそれで すこしさびしい、と思う、欲深い自分がいた。
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作者名:哀 | 作成日時:2022年1月26日 11時