ファン ページ5
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『イタリアンも良いですけど、居酒屋も良いですね』
川「そうやな、やっぱ居酒屋が俺には合ってるわ」
『ちゃんとイタリアンも似合ってはりましたよ』
川「Aちゃんもね」
そんなことを言いながら、二人で枝豆をつまむ。
隣の席から漂ってくる煙草の煙に、昔の川西さんの姿が過った。
そして、今の川西さんを見る。
何やらぼーっとしていて、目の焦点が合っていない。
『あれ、何かありました?』
川「んー…え?」
『いや、何かぼーっとしてたんで』
川「あぁ、いや、別に?」
慌てて枝豆を手に取るその仕草が、妙に引っかかる。
川「Aちゃん、最近ネタの調子はどう?」
『あー、まぁぼちぼちですね』
川「キングオブコント、今年は決勝行けるんちゃう?昨年も惜しかったやん」
『もう出るんやめたろかって何回も思ったんですけどね、そこに全部の照準合わせてやっていくんしんどすぎるし。でも絶対今年も出ると思います』
川「もうちょっと、って思ったら余計やめられへんよね」
『一回は決勝行きたいんですよねー、せめて』
川「ほんで決勝行ったら今度は優勝したいって絶対言うで笑」
『絶対言ってるわ笑 自分でもわかりますもん』
川「ははは笑」
川「わかるよ、その気持ち。」
その遠くを見つめる目が、川西さんの過去の重みを映していた。
川「絶対優勝できる、なんて無責任なことは言えへんけど」
同じ経験があるからこそ、闘う後輩に向けるその人の笑顔は、これ以上ない程に優しい。
川「ルートロットのコントは、間違いなく面白いで」
『…ありがとうございます』
そういう、真っ直ぐに優しい言葉をかけられると、すぐに涙腺が緩んでしまうようになった。私も もう歳だろうか。
目に浮かんだ涙を抑えるために、瞬きをせず、少し上を向く。
照明の温かい色が眩しかった。
『川西さんはどうですか、ネタ』
川「うん、楽しくやれてるで。何か一気に身体が軽くなったっていうか」
“漫才王者 本命”の重圧は、私には想像できないほど重く、苦しかっただろう。
しかも、それが三年も続いたなんて。
『川西さんのやりたい漫才がやれてるなら、私は幸せです』
川「Aちゃんが?何で?笑」
『和牛さんの漫才が、大好きなんで』
川西さんは目を細めて笑った。
川「ありがとう」
噛み締めるように言って ビールを飲む姿に、
この人のいる世界に生まれてきてよかった、と思った。
そんなの、大げさだろうか。
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作者名:哀 | 作成日時:2022年1月26日 11時