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ある夜、俺は微かな物音で目が覚めた。
部屋に侵入者が居ると気配で判り、飛び起きようとした。
しかしそれは叶わなかった。
「寝てるかな……?」
聞こえた声が愛しい妻のだと気付き、俺は少しの間固まる。
こんな夜更けに何を……?
訝しむ俺の耳にカチャカチャと何かを動かす音だけが聞こえる。
せめて何をしているのかさえ分かれば……
薄く目を開き、音のする方へ目を動かす。
Aは花瓶の花を取り替えていて、新たに薔薇を生けている。
そういえば一ヶ月前から花瓶の花は俺が起きる前に取り替えられていたな。
てっきり執事か侍女の誰かが朝早くやっているのかと思っていた。
本当は妻が取り替えていたのか。だが何故だ?
彼女は花瓶を元の位置に戻すと此方に近寄って来る。
慌てて目を閉じて寝たふりをする。そうしなければ逃げられると思ったから。
「今日も良く寝てる……病気も順調に回復してるし、療養生活もあと少しか」
ベットの傍にある椅子に座ったAは独り言みたいに言う。
戸惑う俺を置き去りにして妻は今日の事を楽しそうに話す。
「今日、薔薇を選ぶ時にエリオットに怒られちゃって。面と向かって旦那様に渡しなさいって。無理だって言ったのにずっと怒るから、なんだか笑えてきて」
これは、なんだ?眠っている俺にそんな話をして何になる?
話がしたいなら、夜じゃなく昼に来れば良いだろう。俺が起きてる時間に。
だが妻の柔らかな笑顔を向けられるのはいつ振りだろうか。
「……レイモンド様にはエミリー様が居るし、そろそろ潮時か」
潮時?何を言ってるんだ、A。
「レイモンド様、愛してる」
俺はついに我慢出来なくなって身を起こした。視界に映るのは驚いた表情のAだけ。
「今の言葉は真実か?」
「あ、あの」
「本当なのか?」
Aの手を握ると愛しい彼女は頷いた。夢のようだ。妻も俺を愛してくれてたなんて。
「ならどうして昼の時間に来ない?」
「それは、エミリー様が……」
「エミリーが居なければ君は来るのか?」
またしても頷く彼女に躊躇いなくキスをする。
「好きだ。お願いだから毎日会いにきてくれ」
「……毎日会いにきてるよ」
「昼の時間もだ。良いだろう?」
強請るようなキスをすればAは真っ赤になる。その表情だけはエリオットにも見せた事がないだろう。
俺だけの愛おしく、狂おしい程に愛してるA。ようやく俺の腕に落ちて来た。
もう絶対に逃がさない。
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