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(香坂)
三井先生が渡してくれた針と糸で、私は丁寧に皮下埋没縫合を施していった。
糸が体表に出ないこの縫合法は、難易度は高いが私が最も得意であり、かつよく使うものだった。
せめて、ご遺族にはなるべく綺麗な状態で返して差し上げたいから。
「……あの、香坂さん」
「何?」
横峯さん、だったかな。
ほかのフェロー2人も怪訝そうにこちらを見ていた。
「何で縫うんですか?その方はもう…」
「今はまだ、分からなくてもいいよ。
分かれとは言わないし。
でも……そうだね、例えば」
そこで1度言葉を区切り、私は泣き笑いのような顔で彼らの方を顧みた。
「────この世でたった1人、自分を愛してくれる恋人が、こんな無残な姿で送り返されてきたら…、どう思う?」
「え………」
それきり、彼らは口を閉ざしてしまった。
私は、忘れない。
ずたぼろになって返ってきた、あの無惨な身体を。
つい先程まであたたかった、その手のぬくもりを。
だから。
せめて、穏やかな眠りを────────。
「……っ」
ずきりと、フラッシュバックするかのように駆け巡る情景を宥めつつ、私は静かに手を合わせた。
「ごめん、なさい………」
小さな、ほんとうに小さな謝罪は、そばにいた藍沢先生にだけ、届いていた。
「…CTの書見はここで書けばいいか」
「はい」
しばらくその場から動けなくて、落ち着かせるように深呼吸をひとつ。
ふたつ。
みっつ。
「────────戻ってこないか、藍沢」
手術服を脱いだ橘先生が、ぽんぽんと私の頭を2回叩いて、大声でそんなことを口にした。
初療室に沈黙が落ちた。
皆が一斉にこちらを見る。
「いやいや…ははっ、正直、厳しいんだよなぁ、いまの救命は。
…あ、いやー、白石はスタッフリーダーとしてよーく回してくれてるよ?
でも人手不足はどうしょうもないしなぁ」
「…っ、先生、私がやっぱり上と話して────」
いても立ってもいられなくて、早口にまくしたてる。
今日だって、始めから救命にいれば全員救えたかもしれないのだ。
「…A」
小さな声で、耕作が私を制した。
たったそれだけで、私は縫い止められたように動けなくなった。
それと同時に、やるせなさが吹き出す。
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恵李 - こんにちは。恵李です。1年前からほとんど毎日見てます!続編よろしくお願いします!あの〜質問questionなんですけど、何歳ですか?私は華のJK16歳ですけど教えてください!! (2022年10月19日 22時) (レス) @page10 id: 18a46fedc8 (このIDを非表示/違反報告)
マナ - ayanelさん» こんにちは… (2021年9月10日 11時) (レス) id: 9a04ef101c (このIDを非表示/違反報告)
レー - 質問というか聞いていいですか? (2021年3月8日 22時) (レス) id: 88b0f39677 (このIDを非表示/違反報告)
フラ - 作品を参考にしてよろしいですか?? (2020年9月11日 22時) (レス) id: ead1db5ef4 (このIDを非表示/違反報告)
あゆか(プロフ) - とても作品内容は面白く読ませて頂きました。一言申し上げるとセリフの前に名前を書いていただけると誰のセリフだか分かりやすくてもっと良い作品になると思います。素敵な小説ありがとうございました。 (2019年12月31日 0時) (レス) id: 8f8d498a5d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ayanel | 作成日時:2017年7月25日 21時