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「A」
「大丈夫だってば…」
正面に回り込んで、顔を上げさせる。
茶色い瞳に涙をこれでもかと言うほど溜めて、それでも泣くもんかと唇を噛みしめて。
傷になりかけているそれに、そっと親指を這わせた。
「よせ。
…傷になったら困るだろ」
「ことわれ、なくて」
唇を噛むのをやめたAは、ぽつりとこぼした。
「私より、3つくらい年上の、綺麗なひとだったよ。
友人を治してくれたお礼だって、パーティに誘われたの。
……そこで、少し言われたたけだよ」
目の前で言うのは性格の良い執刀医に悪いと思ったのか、トイレに立った際に着いてきて、心底いやそうに言ったのだと。
流暢な英語がその唇から紡がれる。
何度か、白石に聞いていた。
随分空元気だったから、帰ってきたら聞いてあげてと。
「ばかだよね…。
助手だったけど、向こうで初めて成功した手術でね、浮かれてたんだよね」
「A」
「っほんと、5年前の私に言ってやりたい…────…」
────
もう、言わなくていい。充分だ。
お互い座ってても身長差は埋められなくて、後頭部に手を差し入れて、上を向かせる。
さらり、と髪がこぼれる。
顔にかかる薄茶のそれをはらってやって、目元の涙をすくい取った。
「────いいか。
誰がなんと言おうと、お前は医者だ。
患者の命を、未来を救った。
それをなんとも思わないやつの言葉、真に受けてどうする?」
わずかに漏れる涙声の制止さえ、誰にも聞かせたくなかった。
それほど大切で、誰にも壊されたくなかった存在だった。
「ふ……っ、」
「……落ち着いたか?」
それが触れ合っていた時間は、ほんの十秒足らず。
小さな頭は、こくりと頷いた。
「………ごめん、取り乱した」
顔、洗ってから行くねとなるべくこちらを見ずに立ち上がってロッカールームから出ていく。
残された部屋に、腕に、────唇に。
かすかに彼女の残り香とぬくもりがあった。
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恵李 - こんにちは。恵李です。1年前からほとんど毎日見てます!続編よろしくお願いします!あの〜質問questionなんですけど、何歳ですか?私は華のJK16歳ですけど教えてください!! (2022年10月19日 22時) (レス) @page10 id: 18a46fedc8 (このIDを非表示/違反報告)
マナ - ayanelさん» こんにちは… (2021年9月10日 11時) (レス) id: 9a04ef101c (このIDを非表示/違反報告)
レー - 質問というか聞いていいですか? (2021年3月8日 22時) (レス) id: 88b0f39677 (このIDを非表示/違反報告)
フラ - 作品を参考にしてよろしいですか?? (2020年9月11日 22時) (レス) id: ead1db5ef4 (このIDを非表示/違反報告)
あゆか(プロフ) - とても作品内容は面白く読ませて頂きました。一言申し上げるとセリフの前に名前を書いていただけると誰のセリフだか分かりやすくてもっと良い作品になると思います。素敵な小説ありがとうございました。 (2019年12月31日 0時) (レス) id: 8f8d498a5d (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ayanel | 作成日時:2017年7月25日 21時