からっぽのお城にひとりきり ページ25
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「じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃ〜い」
玄関へと駆けていく祥彰の背に手を振ると、先程まで賑やかだったオフィスが一気にしん…と静まり返った。
「あの3人が居なくなると一気に部屋が静かになるね」
「最近仲良いよね、あの3人」
3人。祥彰と、こうちゃんと恵比寿さん。歳が近いのが主な理由なのか、それとも彼らにはなにか通ずるものがあるのか。すっかり外野となってしまった私は少し寂しく思う。
「山本を取られて嫉妬してるの?」
「べっ、別に寂しくなんか…」
「あはは、寂しいって顔してるよ」
心を読まれたみたいで思わず否定してしまったけど、恐らく寂しいんだと思う。前までずっと私のあとをついて来ていた祥彰が、私の元から去って自分で歩いていっている姿が何だか頼もしくもあり、少し寂しく感じているのだ。
「子を持つ母親はこんな気分なのかなぁ」
「本当に山本やこうちゃんの親みたいだね、Aちゃん」
もちろん、子どもなんていないから親の気持ちなんてまるで分かってないけど。何となくそんな気がした。
そんな私を見かねてか、拳くんがひとつチョコレートを私のデスクに置いてくれた。
「差し入れ。甘いものでも食べて休憩しよ」
「…貴重なご飯貰っちゃっていいの?」
「まだ備蓄してあるのあるから大丈夫」
「それは、大丈夫って言っていいの…?」
拳くんの健康的には全然大丈夫じゃないんだけど…、まあ折角くれたんだから有難く受け取り口に放り込んだ。口の中で甘く溶けるチョコレートで、少しだけ心が温かくなる。
「……そういえば、拳くんとも仲良いよね。恵比寿さん」
「そう?」
溶けたあとは、心に染み込んだはずなのに。無くなって空っぽの口から徐々に冷え込んでいくみたいに。心も何処か冷えていくようだった。
彼女の才能を認めて、拳くんが伊沢さんたちに彼女の編集部入りを勧めていたのも彩加から聞いていた。純粋に彼女の音楽の知識はとてもすごいと思うし、作曲もプロかと思うほど聴いていて心地よいものだった。
「私の方が先輩なのに、彼女に教えてあげることって何も無いなぁって…」
その内、QuizKnockに必要とされなくなってしまうのではないか。何も活躍出来ていない私はここに居ても、みんなの足でまといになるだけではないか。
そんな恐怖が私を襲い始めていた。
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作者名:りんご | 作者ホームページ:
作成日時:2020年7月29日 19時