Give me Biscuits!

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「やから、それで、Aの時間を奪いたくはない。」



丈くんの大きな目は揺らがない。



「それは、結婚できへんとか、そういう話？」


「…したいけど、何年待たせるか分からん。」


「丈くんはさ、デビューまで、17年半かかったやん。」


「おん。」


「これは、ねばれへんの、かなぁ。」



00:32。
待って。まだ、まだだめ。



「ねばりたい。けど、きっと自分のことで余裕なくなって、Aのことまで背負われへん。…Aが重荷とかやないねん。ただ、今も何しててもAが頭のどっかに絶対いてて、それで頑張らなて思えるんやけど、それだけやなくて。…ごめん、俺が耐えられへんだけや。」


「丈くん。」



00:00。
キッチンタイマーがけたたましい音をたてる。
丈くんの指がタイマーを止めた。
その手に自分の手を重ねる。
止められない。



「ありがとう。」



それしか言えなかった。
うちのことは、トイレのドアの癖まで、全部知り尽くしてる丈くん。
来週から冷えると言うけど、迷った末にふんぱつして買ったダブルのベッドで、どうやってあったまればいいんだろう。
近所のスーパーで丈くんが買ってきた５足千円の靴下は、やたらと丈夫で何年経っても破れも痛みもしないけど、さすがに東京へは持って行かないよね。
オリックスの年間シートは継続するのかな。今までみたいにはホームの応援に行けなくて寂しい思いをするだろうから、今から心配だよ。
2+1=3。3-1=2。数字は元に戻っただけなのに。

赤くなったまぶたを見て思う。

もう、うちに「ただいま」て帰ってくることはないんだね。



「食べよか。」


「おん。」



割り箸とカップ麺を持ってベランダに出た。
少しだけ肌寒くて、カップ麺を持つてのひらと丈くんに触れてる左腕だけが温かい。



「やっぱベランダカップ麺しみる〜。」


「うま。」


「シーフード一口ちょうだい。」


「交換。」


「ありがと。ん。」


「あ、塩うま！」


「結局ね。落ち着くとこに帰ってきてまうんよ。」


「あるなー醤油とかなー。」



カーテンの隙間からもれる部屋の明かりが、私たちの間を線引きするみたいにまっすぐ照らす。
食べ終わったらどうする。どうなる。
考えなきゃいけないことはいっぱいある。

けど今は、いつもの二人でいよう。

ラーメンをすする音に紛れて、鼻をすする音がしたけど、私も丈くんも何も言わなかった。





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