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「……注文にあった『胃薬』は、私のためですか」
はぁ、とため息をつきながら、胃薬の箱をカウンターに置いた。
「たまには労わってやるべきだ。そうだ、胃にやさしい料理でもご馳走しようか?」
胃薬を指先で軽く押しながら、楽しそうに云う。
「結構です」
眼鏡のブリッジを押し上げながら、安吾はため息をついた。
胃薬をスーツのポケットに押し込み、女が広げた書類をまとめて片付ける。
「貴方も知っての通り、私は暇ではないんです。すぐにでも戻って終わらせなければならない仕事が大量にあるので」
「そうかい、残念だね。だけど、今日から5日は休暇ができるから、ゆっくり過ごすと良いよ。これから潜入する予定だった組織、『ラプラス』は、あろうことか彼のポートマフィアにケンカを売って壊滅させられるからね。それに、君が帰るころには、君が処理する予定だった書類は、優秀な部下が終わらせてくれている。君はその確認作業をするだけで終わる。そうしたら、のんびりと休暇ができる。5日間だ。その間、君に急な仕事は入ることは無い。すべて、私か、彼の有名な殺人探偵の方に回されて、解決してしまうからね。君の荒れた胃と万年睡眠不足も、少しは解消されるだろう」
「そんなわけ……」
安吾の言葉が途中で止まる。
当の女は、ニコニコと笑っていた。
指先で、カウンターに置かれたままの『首輪』をいじりながら。
「はぁ……」
眉間に指を当て、安吾は大きなため息をついた。
「お、ここに来て一番大きなため息が出たね」
楽しそうに笑いながら、女は『首輪』を首に戻す。
「いつも世話になっているお礼だ。感謝の言葉はいらないからね」
「云いたくもないですよ。そもそも貴方は、自分が何をしでかしたか、わかってるんですか」
「ああ。でも、いつも君たちにやらされていることと、何ら変わりはないだろう?」
「……」
その一言に、安吾は黙り込んだ。
肘をつきながら、女は天井に吊り下げられたランプに手をかざす。
翳る手のひらを見つめながら、女は言葉を紡ぐ。
「言葉一つで人殺しに加担する。平和のためでも、殺しは殺しだ。条件とは言え、君たちの仕事に巻き込まれた私もまた共犯者だ。私の手は、既に汚れている。そうだろう?それを今更、貴方は何と云うのかい?善良な協力者として、人を殺すなと云うのかい?なら、貴方は私のもとではなく、政府上官のもとへ行き、現状に抗議するべきだ。違うかい?」
クッ、と、喉の奥で笑う。
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作者名:あき | 作者ホームページ:http://http://uranai.nosv.org/u.php/hp/fallHP/
作成日時:2021年4月24日 1時